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花鳥風月

気ままに回文歌、いろは歌を書いています。

まわりうた 

なかくとき しいれはまなか
  すかしよし かすかなまはれ いしきとくかな

(永く時 死入れば真中 清し良し 幽かな間晴れ 意識解くかな)

解説

清し(すがし)は「すがすがしい。さわやかで気持ちがよい。」、入る(いる)は「はいる。」の意味です。

余談

この歌は、ゲームluv waveの中にある「stream memory」(ブート画面でのBGM)を聴きながら、それをモチーフに描いた歌です。

雑感

唐突だが、「なが」(永・長)と「なか」(中)には、同じニュアンスを感じる。

長い長いトンネルを歩いていくことは、トンネルの中へ中へと向かっていくことと同じである、と。

だからこの「永く時」は、永遠の中に入っていく、というニュアンスであって、今を起点として、これまで永く続いてきた過去や、これから永く続いていく未来を思い浮かべて、そこに向かっていくのではない。

今この時の中へ中へと入っていくのだ。

そのことを歌では死と表現している。それは、我々が普段から過ごしている生の中に含有する、過去も未来もその一切を切り捨てるという事でもある。

その状態を真中と表現しており、それが清しい状態であり、良い状態であるなぁ、と言っているのだ。

「幽かな間」というのは、ゆらぎの間のことと解釈したい。我々が普段認識している目の前の空間は、おそらく一瞬過去の映像であるように思う。

我々は常に、今この瞬間を生きていると錯覚しているが、実際はそうではなく、一瞬遅れた残像の世界に生きているように思うのである。意識はいつも一歩前の過去に存在しており、ピタっと合った今を認識できていないはずなのだ。

そのわずかにズレた幽かな間が、要らぬ思考や自我、または死への恐怖を生み出しているように思うのである。それを全部とっぱらって、一瞬先の世界へとこの意識ごと飛び込んでいく。

それは従来の感覚からすれば、まるで目の前の崖に向かって飛び込んでいくような、死へとダイブしていくような感覚なのだが、しかしその一瞬先の世界こそが、本来存在している世界の姿であり、そこに到達し続けることによって、この意識は解き放たれるように思うのである。

Posted on 2017/09/20 Wed. 09:42 [edit]

category: まわりうた

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20

まわりうた 

またのこり つうかんしいさ
  いなのめの ないさいしんか うつりこのたま

(また残り 痛感しいざ いなのめの 内在神が 移りこの魂)

解説

いなのめは「語義未詳。‘あけがた’‘あけぼの’‘しののめ’の意か。」、魂(たま)は「たましい。」の意味です。

余談

この歌は、ゲーム「ゼノサーガエピソードⅢ ツァラトゥストラはかく語りき」のEDテーマ「maybe tomorrow」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/09/18 Mon. 12:05 [edit]

category: まわりうた

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18

まわりうた 

もかひかる をかにはきさし
  こすもすも すこしさきはに かをるかひかも

(面が光る 丘には萌し コスモスも 少し咲き場に 香る佳美かも)

解説

面(も)は「おもて。表面。あたり。方向。」、萌し(きざし)は「物事が起こりそうな気配。兆候。」、コスモスは「キク科の一年草。高さ1.5~2メートル。葉は細かく羽状に裂ける。秋、白色や紅色の花を開く。メキシコの原産で、観賞用。アキザクラ。オオハルシャギク。」、佳美は「りっぱで美しい・こと(さま)。」、かもは「感動・詠嘆を表す終助詞。…ことよ。…だなあ。」の意味です。

余談

この歌は、-MYTH- The Xenogears Orchestral Albumの「やさしい風がうたう -Orchestra Version-」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/09/18 Mon. 09:56 [edit]

category: まわりうた

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18

まわりうた 

もんてしる まとまたちつく
  をはりなり はをくつちたま とまるしてんも

(門で知る 真と魔質付く 終はりなり 破屋地球 止まる自転も)

解説

門は「物事が出入り、また経由する所。」、質(たち)は「人の生まれつきの性質・体質。」「その事柄の性質。」、破屋は「こわれ破れた家。あばらや。」、地(つち)は「地球の陸地の表面をおおう物質。風化した岩石の細かい破片、生物の遺骸およびその腐敗物、微生物などよりなる。土壌。」「地球の表面。地上。大地。地面。古くは天あめに対して地上界をさす。」、自転は「天体がその内部にある軸の周りを回転運動すること。」の意味です。

余談

この歌は、下記動画を見ながらそれをモチーフに書いた歌です。

「【巡音ルカ】 劇場 【オリジナル曲】」

雑感

個人的に、明日の日付にはちょっと注目している。なぜなら9月18日は九十八(ことは=言葉)に通じるからだ。

と言っても、この日付は毎年来る。なぜ今年だけ気になるのかというと、2017にも意味を感じるからである。

二千十七は「二千(にせん)十(と)七(なる)」で「二線と成る」と読める。

大本神諭や日月神示では、かねてから善と悪が分かれる、と言われてきたが、明日を境にそれが起きて来るように感じる。つまり、善と悪の二つの線に分かれて、それらはもう永遠に交わらない、ということだ。

今までは玉石混交で真と魔が入り乱れていたが、その真と魔がきっちり分かれる気がするのである。そして真と魔の間には、ある種の蓋。境界線。神話的にいうと岩戸が出来るように思うのである。

そして二千十七は、また「二千(ふたせん)十(と)七(なる)」でもあって、これは「蓋せんと鳴る」とも読める。

意味としては、その境界線に蓋をしようと鳴る、という意味になる。この鳴るというのが、地球規模で言うならば天変地異であり、個人的な範囲で言うならば、それぞれが大切にしているものを、自分で選択していく、ということになる。

もちろん、これまでも天変地異は幾度となくあったし、各々自分の人生の行く末を、その場その場で選択して来ただろうが、今までとさっぱり違うのは、その場が玉石混交ではなくなる、ということだ。

善と悪の世界がばっさりと分かれれば、善人の世界は善人ばかりとなり、悪人の世界は悪人ばかりとなる。

善人のみの世界では、当然争いは起こらず、もう悪人に騙されたり、痛めつけられることもなくなる。それどころか、何かあれば周りが助けてくれるし、また自分も助けようとする。

結果、周りに敵はどこにも居らず、安心立命で暮らせるようになる。

一方悪人のみの世界では、とにかく自分の力しか頼れなくなるので、幸せになろうと思うと、相対的に他人を蹴落としたり、殺したりするしかなくなる。

結果、今まで以上に争ったり、騙し合いが起きる。恐ろしいのは、その世界では、今までのように善人がさっぱり居ないということだ。

見るからに世間知らずで騙しやすそうな相手とか、いかにも気弱でいじめやすそうな相手とか、そういうカモに見える人々が一人も居なくなるのである。それどころか、今まで自分の知らなかった、もっと大きな悪の力を知ることになる。

その大きな悪の力の前では、自分こそが世間知らずで騙しやすそうな相手であり、自分こそが気弱でいじめやすそうな相手となってしまう。

さらに恐ろしいのは、今までは人の内側に神様が居たので、どんな悪人にせよ「良心」というものがあって、一旦悪を為しても、そこで後悔したり反省したりすることが出来たが、もうそれが一切なくなる所である。

なので、その世界では、もはや中途半端な悪をやっていては、コロっと騙されたり、すぐいじめられたり、殺されたりするので、どこまでも悪を強くするしかなくなる。

そこで初めて気付いて後悔して善に戻ろうとしても、もう遅いのである。その世界では善人は一人も居ないし、良心を持った人も一人も居ないのである。

だから二千十七は「二千(ふせん)十(と)七(なる)」でもあって、「不戦と成る」年でもあるのだ。

ハルマゲドン的に善と悪が最終戦争を起こすのではなく、善と悪は自然に二つの線に分かれて、戦いは起こらず、永遠の別れとなるのである。

日月神示で「負けが勝ちぞ」(青葉の巻 第十四帖)とあるが、最後は負けた状態が一番勝っていた状態であることに気付くのである。

今まで人のためにと思って良いことをしても、何一つ自分に利することがあるわけでもなく、逆にそれが仇となって、人からつけこまれたりして、何も報われない、と嘆いていた、まさにその状態こそが、一番の最良の自分をつかみ取っていることになっている、ということも、場合によってはあるわけである。

続いて歌の解釈に移ろうかと思う。

「門で知る」は、今まさに開かんとする門の前で知る、という意味かと思う。

門はモ(百)のン(无)であって、完成する最後の瞬間、というようなニュアンスを感じる。

「真と魔質付く 終はりなり」は、真と魔、そのどちらかの性質が付く終わりの時だ、ということ。これが一旦付くと、もう永遠に覆らない。

これから永遠を生きて行く自分に真神が懸かるのか、それとも魔神が懸かるのか、その決着の時だということ。

「破屋地球」は、地球があばら家となる、ということで、とても人が住めるような環境ではなくなる、という意味になる。

ちなみに下記ブログでは、良心神に従う人々は新しい地球に移行して、そうでない人々は、今の地球の地下に王国を作って過ごす、と書かれてある。

『第××章 Xデー 最後の審判・世の大立替・天の岩戸開けは本当にあるのか?  その3』(「人に内在する良心神(神言会)」さん)
http://kamikotokai-b.jugem.jp/?eid=462

ついでに、この動画も参考になるかもしれません。

『もしも地球の自転が止まったら?』(you tubeより)
https://www.youtube.com/watch?v=p0HowKZm78Y

Posted on 2017/09/17 Sun. 12:33 [edit]

category: まわりうた

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17

お知らせ 

ご訪問ありがとうございます。

九月から忙しくなるため、今後更新が不定期になる予定です。

いつも来て頂いている方には申し訳ないのですが、どうぞあしからず。

m(_ _)m

Posted on 2017/08/30 Wed. 18:18 [edit]

category: 未分類

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30

まわりうた 

なかきえた みなもみかるて
  まありけり あまてるかみも なみたえきかな

(長き枝 皆も身軽で 真ありけり 天照神も 涙良きかな)

解説

枝(えだ)は「一族。子孫。」、真(ま)は「偽りがないこと。まこと。ほんとう。真実。」、天照神(あまてるかみ)は「天照大神(あまてらすおおみかみ)の別名。」、良し(えし)は「よい。いい。」の意味です。

余談

この歌は、WAVEのアルバム「Citra re:verse -其歌は真言顕す欠片と為りて-」の中にある「天照大御神-AMATERAS SYSTEM-」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/08/30 Wed. 18:09 [edit]

category: まわりうた

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30

まわりうた 

つきよみの ひかりはをかし
  ふかきあき かふしかをはり かひのみよきつ

(月夜見の 光はをかし 深き秋 合祀が終はり 佳美の御世来つ)

解説

月夜見(つきよみ)は「月の異名。つきよみ。」、をかしは「‘あはれ’とともに、平安時代における文学の基本的な美的理念。‘あはれ’のように対象に入り込むのではなく、対象を知的・批評的に観察し、鋭い感覚で対象をとらえることによって起こる情趣。」、合祀は「二柱以上の神や霊を一神社に合わせ祀まつること。また、ある神社の祭神を他の神社に合わせ祀ること。合祭。」、佳美は「りっぱで美しい・こと(さま)。」の意味です。

余談

この歌は、WAVEのアルバム「Citra re:verse -其歌は真言顕す欠片と為りて-」の中にある「月読命-TSUKUYOMI SYSTEM-」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/08/30 Wed. 17:51 [edit]

category: まわりうた

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30

まわりうた 

しなはみる ゆきなはのこる
  かひのその ひかるこのはな きゆるみはなし

(死なば見る 行きなば残る 佳美の苑 光る木の花 消ゆる身は無し)

解説

佳美は「りっぱで美しい・こと(さま)。」、苑(その)は「庭。庭園。また、花・野菜・果樹を栽培する区域。」、木の花(このはな)は「木に咲く花。特に、桜の花や梅の花。」の意味です。

余談

この歌は「大神 オリジナル・サウンドトラック」のDisk4の中にある「太陽は昇る」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/08/30 Wed. 17:26 [edit]

category: まわりうた

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30

まわりうた 

なかきよの またきしくみか
  たふとしと ふたかみくしき たまのよきかな

(永き代の 全き仕組みが 尊きと 二神奇しき 玉の良きかな)

解説

全し(またし)は「完全である。欠けたところがない。まったい。」、二(ふた)は「に。ふたつ。名詞または動詞の上に付けて複合語を作る。」、奇し(くし)は「 霊妙だ。不思議だ。くすし。」の意味です。

余談

この歌は「大神 オリジナル・サウンドトラック」のDisk4の中にある「太陽は昇る」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/08/30 Wed. 12:20 [edit]

category: まわりうた

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30

まわりうた 

とうとのら しかんへいたり
  ほのほのほ のほりたいへん かしらのとうと

(到頭野良 時艱へ至り 炎の穂 昇り大変 首の東都)

解説

到頭(とうと)は「物事が最終的にそうなるさま。ついに。結局。とうとう。」、野良(のら)は「野。野原。」、時艱(じかん)は「その時代の直面している艱難。当面する難題。」、穂は「とがったものの先。」、首(かしら)は「人や動物の首から上の部分。あたま。」、東都(とうと)は「東方にある都。特に京都に対して、江戸または東京をいう。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「常闇ノ皇」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

炎は「火の穂(ほ)」の意味なので、「炎の穂」は炎の穂の穂の意味となり、炎がより高く燃え上がっている様であることが見て取れる。

このまま行けば、東京は元の焼け野原になるものと思われる。

思うに、日本のメグリ(カルマ)は相当根深く、ここまで大規模に膨れ上がってしまっては、どうにかしようにも、最早どうすることも出来ない段階にまで来てしまった感がある。

国のメグリは一人の力だけではどうしようもないが、せめて自分自身のメグリだけは済ませておきたいものである。

Posted on 2017/08/30 Wed. 11:21 [edit]

category: まわりうた

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30

まわりうた 

としいたき うかふよまくら
  はしまるま しはらくまよふ かうきたいしと

(年抱き 浮ぶ世真暗 始まる間 暫く迷ふ 剛毅大事と)

解説

年は「年齢。よわい。」「老齢。老年。高齢。」「季節。時候。時節。」、剛毅は「意志が堅くて強く、くじけないこと。また、そのさま。」の意味です。

Posted on 2017/08/30 Wed. 10:35 [edit]

category: まわりうた

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30

まわりうた 

もかきよき さいはてのきし
  なかめゆめ かなしきのては いさきよきかも

(面が清き 最果ての岸 眺め夢 愛しきの出は 潔きかも)

解説

最果ては「中央から遠く離れて、その先はなくなる所。いちばんはずれ。」、愛し(かなし)は「心にしみるような趣だ。深い感興を感ずる。」、出(で)は「出る状態・度合い。」、潔しは「清らかで気持ちがよい。」、かもは「詠嘆の気持ちを強く表す終助詞。…ことよ。…だなあ。」の意味です。

余談

この歌は、「千と千尋の神隠し サウンドトラック」の中にある「6番目の駅」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

「かなしい」という言葉は、古くは、いとしい、かわいい、すばらしい、嘆かわしい、心が痛むなど、物事に感じて切に心の動くさまに広く使われていたそうだ。

歌では、深い感興を感ずるという意味で使っているが、ニュアンス的には、言葉にならない感情があふれ出て来る様であるように感じる。

ちょうど、自分が死んだ後、己の人生を振り返った時の感慨深さに近いように思う。

Posted on 2017/08/29 Tue. 09:41 [edit]

category: まわりうた

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29

まわりうた 

なかきよの またききかいの
  みかふるふ かみのいかきき たまのよきかな

(永き代の 全き気海の 身が震ふ 神の厳き気 玉の良きかな)

解説

全し(またし)は「完全である。欠けたところがない。まったい。」、気海(きかい)は「地球を包む空気の広がりを海にたとえていう語。」「〔元気の集まる海の意〕 鍼灸医学のつぼ(経穴)の一。へそ下一寸半の所。」、厳し(いかし)は「(程度が)はなはだしい。大層である。」の意味です。

余談

この歌は、WAVEのアルバム「Citra re:verse -其歌は真言顕す欠片と為りて-」の中にある「月読命-TSUKUYOMI SYSTEM-」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/08/28 Mon. 09:50 [edit]

category: まわりうた

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28

まわりうた 

なかきよの ひかてりしんし
  いせぬけぬ せいしんしりて かひのよきかな

(永き代の 日が照り仁慈 伊勢抜けぬ 清心知りて 加被の良きかな)

解説


仁慈(じんじ)は「いつくしみめぐむ・こと(さま)。」、清心(せいしん)は「心のけがれを去ること。また、清らかな心。」、加被は「神仏が力を貸して守ってくれること。加護。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「太陽は昇る」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/08/28 Mon. 09:19 [edit]

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28

まわりうた 

にかのほり をかはのひかり
  とほきあき ほとりかひのは かをりほのかに

(丹が昇り 小川の光 遠き秋 辺佳美の葉 香り仄かに)

解説

丹(に)は「赤い色。丹色。」、佳美は「りっぱで美しい・こと(さま)。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「ウシワカ登場」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

丹は赤色の太陽と解釈してもよいだろうし、秋が深まって紅葉が日に日に赤く染まっていく様、と解釈してもよいかと思います。

遠き秋は、目の前の秋真っ盛りの風景が永遠なる秋の情景から来ている感じがして、遠くに感じる、ということ。

つまり、今年の秋は今年限りの秋で初めての秋のはずなのに、その秋はいつか見た秋に、或いはこれから何年か後、何十年か後に誰かが見ているかもしれない秋のようでもあって、近いのだけれども、とても遠くに感じる、ということです。

さらに細かくいうと、永遠なる視点から目の前の秋の風景を感じている、ということ。

Posted on 2017/08/28 Mon. 09:00 [edit]

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28

まわりうた 

なかきよの ひかりあめより
  とひらから ひとりよめあり かひのよきかな

(永き代の 光天より 扉から 一人嫁あり 佳美の良きかな)

解説

天(あめ)は「空。天。あま。」「天上界。」、佳美は「りっぱで美しい・こと(さま)。」の意味です。
余談

この歌は、ゼノギアスアレンジヴァージョン-CREIDの中にある「CREID」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。ちなみに「CREID」はゲール語で「信じる」という意味だそうです。

雑感

聖書ではしばしば、主を花婿、信仰者を花嫁にたとえているそうな。

ということで、歌にある「嫁」は、そういうニュアンスが含まれているように思う。

日月神示参照。

『はじめの喜びは食物ぞ。次は異性ぞ。何れも大きな驚きであろうがな。これは和すことによって起るのぞ。とけ合ふことによって喜びとなるのぢゃ。よろこびは神ぢゃ。和さねば苦となるぞ。かなしみとなるぞ。先づ自分と自分と和合せよと申してあろうが。そこにこそ神の御はたらきあるのぢゃ。ぢゃがこれは外の喜び、肉体のよろこびぞ。元の喜びは霊の食物を食ふことぞ。その大きな喜びを与へてあるのに、何故 手を出さんのぢゃ。その喜び、おどろきを何故に求めんのぢゃ。何故に神示を食べないのか。見るばかりではミにつかんぞ。よく噛みしめて味はひて喜びとせんのぢゃ。喜びが神であるぞ。次には神との交わりぞ。交流ぞ。和ぞ。そこには且って知らざりし おどろきと大歓喜が生れるぞ。神との結婚による絶対の大歓喜あるのぢゃ。神が霊となり花むことなるのぢゃ。人民は花よめとなるのぢゃ。判るであろうが。この花むこはいくら年を経ても花よめを捨てはせぬ。永遠につづく結びぢゃ。結婚ぢゃ。何ものにも比べることの出来ぬおどろきぞ。よろこびぞ。花むこどのが手をさしのべてゐるのに、何故に抱かれんのぢゃ。神は理屈では判らん。夫婦の交わりは説明出来まいがな。神が判っても交わらねば、神ととけ合はねば真理は判らん。なんとした結構なことかと人民びっくりする仕組ぞ。神と交流し結婚した大歓喜は、死を越えた永遠のものぞ。消えざる火の大歓喜ぞ。これがまことの信仰、神は花嫁を求めて御座るぞ。早う神のふところに抱かれて下されよ。』(月光の巻 第三十八帖)

Posted on 2017/08/26 Sat. 20:13 [edit]

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まわりうた 

かみのりか あしきとよきと
  たたかひか たたときよとき しあかりのみか

(神の籬下 悪しきと善きと 戦ひが ただ時世解き 仕上がりのみが)

解説

籬下(りか)は「垣根のそば。低い位置にあることのたとえ。」、時世(ときよ)は「時代。時節。」の意味です。

解説

この歌は、「Xenosaga EpisodeⅠ Soundtrack」のDisc2の中にある「Last Battle」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

籬下(りか)は「垣根のそば。」の意味だが、神籬と書くと「ひもろぎ」と読み、神の依代の意味となる。

歌のニュアンスとしては、正神・悪神共に地上に降って来て、それぞれの人に懸かって戦いが繰り広げられる、または天帝を真っ二つにして、善と悪とが戦う、ということかと思う。

まあどちらにせよ、時節が下るにしたがって、一体どちらが強いのかが判ってくるのだろう。

日月神示参照。

『神の国の昔からの生神の声は、世に出てゐる守護人の耳には入らんぞ、世に出てゐる守護人は九分九厘迄 外国魂ざから、聞こえんのざぞ。外国の悪の三大将よ、いざ出て参れよ、マトモからでも、上からでも、下からでも、横からでも、いざ出てまゐれよ。この神の国には世の元からの生神が水ももらさぬ仕組してあるから、いざ出て参りて得心ゆくまでかかりて御座れ。敗けてもクヤシクない迄に攻めて御座れよ、堂々と出て御座れ、どの手でもかかりて御座れ。その上で、敗けてこれはカナワンと云ふ時迄かかりて御座れよ。学、勝ちたら従ってやるぞ、神の力にカナワンこと心からわかりたら末代どんなことあっても従はして元の神のまことの世にして、改心さして、万劫末代 口説(くぜつ)ない世に致すぞよ。』(磐戸の巻 第八帖)

『マコトの者は千人に一人ざぞ、向ふの国にはまだまだドエライ仕組してゐるから今の内に神の申すこと聞いて、神国は神国のやりかたにして呉れよ。人の殺し合ひ許りではケリつかんのざぞ、今度のまけかちはそんなチョロコイことではないのざぞ、トコトンの処まで行くのざから神も総活動ざぞ、臣民 石にかじりついてもやらねばならんぞ、そのかわり今後は万劫末代のことざから何時迄もかわらんマコトの神徳あたへるぞ。云はれぬこと、神示に出せぬことも知らすことあるぞ。』(磐戸の巻 第十二帖)

『天地には天地の、国には国の、びっくり箱あくのざぞ、びっくり箱あけたら臣民みな思ひが違ってゐること分るのぞ、早う洗濯した人から分るのぞ、びっくり箱あくと、神の規則通りに何もかもせねばならんのぞ、目あけて居れん人出来るぞ、神の規則は日本も支那も印度もメリカもキリスもオロシヤもないのざぞ、一つにして規則通りが出来るのざから、今に敵か味方か分らんことになりて来るのざぞ。学の世はもう済みたのぞ、日に日に神力あらはれるぞ、一息入れる間もないのぞ。ドシドシ事を運ぶから遅れんやうに、取違ひせんやうに、慌てぬやうにして呉れよ。神々様もえらい心配なされてござる方あるが、仕組はりうりう仕上げ見て下されよ。旧九月になればこの神示(ふで)に変りて天(アメ)の日つくの神の御神示出すぞ、初めの役員それまでに引き寄せるぞ、八分通り引き寄せたなれど、あと二分通りの御役の者引き寄せるぞ。おそし早しはあるなれど、神の申したこと一厘もちがはんぞ、富士は晴れたり日本晴れ、おけ。』(地つ巻 第二十七帖)

『この方は元の肉体のままに生き通しであるから、天明にも見せなんだのざぞ、あちこちに臣民の肉体かりて予言する神が沢山出てゐるなれど、九分九厘は分りて居れども、とどめの最後は分らんから、この方に従ひて御用せよと申してゐるのぞ。砂糖にたかる蟻となるなよ。百人千人の改心なれば、どんなにでも出来るなれど、今度は世界中、神々様も畜生も悪魔も餓鬼も外道も三千世界の大洗濯ざから、そんなチョロコイ事ではないのざぞ。ぶち壊し出来ても建直し分かるまいがな。火と水で岩戸開くぞ、知恵や学でやると、グレンと引繰り返ると申しておいたが、さう云へば知恵や学は要らんと臣民早合点するが、知恵や学も要るのざぞ。悪も御役であるぞ、この道理よく腹に入れて下されよ。天の神様 地に御降りなされて、今度の大層な岩戸開きの指図なされるのざぞ、国々の神々様、うぶすな様、力ある神々様にも御苦労になっているのざぞ。天照皇太神宮様初め神々様、あつくまつりて呉れと申してきかしてあろがな、神も仏もキリストも元は一つぞよ。』(天つ巻 第四帖)

『一二三(ひふみ)の仕組が済みたら三四五(みよいづ)の仕組ぞと申してありたが、世の本の仕組は三四五の仕組から五六七(みろく)の仕組となるのぞ、五六七の仕組とは弥勒(みろく)の仕組のことぞ、獣と臣民とハッキリ判りたら、それぞれの本性出すのぞ、今度は万劫末代のことぞ、気の毒出来るから洗濯大切と申してあるのぞ。今度お役きまりたら そのままいつまでも続くのざから、臣民よくこの神示(ふで)よみておいて呉れよ。』(富士の巻 第四帖)

『おろしやにあがりておりた極悪の悪神、愈々神の国に攻め寄せて来るぞ。北に気つけと、北が愈々のキリギリざと申して執念(くどう)気つけてありた事近ふなりたぞ。神に縁深い者には、深いだけに見せしめあるのざぞ。国々もその通りざぞ、神には依怙(えこ)無いのざぞ。ろしあの悪神の御活動と申すものは神々様にもこれは到底かなはんと思ふ様に激しき御力ぞ。臣民と云ふものは神の言葉(こと)は会得らんから悪神の事に御とつけるのは会得らんと申すであろが、御とは力一杯の事、精一杯の事を申すのであるぞ。何処から攻めて来ても神の国には悪神には分らん仕組致してあるから、心配ないのざぞ、愈々と成りた時には神が誠の神力出して、天地ゆすぶってトコトン降参ざと申す処までギュウギュウと締めつけて、万劫末代いふ事聞きますと改心する処までゆすぶるから、神の国、神の臣民 心配致すでないぞ、心大きく御用して呉れよ、何処に居ても御用してゐる臣民助けてやるぞ。』(日の出の巻 第七帖)

『いよいよ戦烈しくなりて喰ふものもなく何もなくなり、住むとこもなくなりたら行く所なくなるぞ。神の国から除かれた臣民と神の臣民と何ちらがえらいか、その時になりたらハッキリするぞ、その時になりて何うしたらよいかと申すことは神の臣民なら誰でも神が教えて手引張ってやるから、今から心配せずに神の御用なされよ、神の御用と申して自分の仕事をなまけてはならんぞ。何んな所にゐても、神がスッカリと助けてやるから、神の申すやうにして、今は戦して居りて呉れよ。てんし様 御心配なさらぬ様にするのが臣民のつとめぞ。神の臣民 言(こと)に気をつけよ、江戸に攻め来たぞ。』(富士の巻 第十帖)

『今度 役目きまったら、末代続くのざぞ、神示に出た通りの規則となるぞ。善も末代ぞ、悪も末代ぞ。此の世は一(ひとつ)であるぞ。われの身体われに自由にならぬ時来たぞ。神に縋(すが)るより仕方なくなって、すがったのでは、間に合はんぞ。今度はいろはの世に戻すぞ。ひふみの世に戻すぞ。素直にすればタマ入れかへて、よい方に廻してやるぞ。よろこびの身といたしてやるぞ。』(松の巻 第十帖)

『愈々となって助けてくれと走り込んでも、その時では遅いから、間に合はんから、早う神の心悟れと申してあるのざ。笑のない教にして下さるなよ。学問や金を頼ってゐる内は、まだまだ改心出来ないぞ。今迄の宗教の力でも、法律でも、どうにもならん。掃除が目の前に来てゐるぞ。神の力を頼るより他に理(ミチ)ないことまだ判らんか。中程まで進むと判らんことあるぞ。神の試練 気つけてくれよ。どちらの国も見当とれんことになるぞ。肚立つのはめぐりあるからぞ。善でつづくか悪でつづくか、この世に善と悪とがあって、どちらで立って行くか、末代つづくか、得心ゆくまで致させてあったが、もう悪ではつづかんことが、悪神にも判って来るのであるから、今しばらくのゴタゴタであるぞ。ものの調和が判れば、正しき霊覚が生れるぞ。神の姿がうつって来るぞ。』(黄金の巻 第八十二帖)

『ツギ、アメノトコタチノミコト、ツギ、クニノトコタチノミコト、ツギ、トヨクモヌノミコトトナリナリテ、アレイデタマイ、ミコトスミキリタマヒキ。 辛酉(かのととり)の日と年はこわい日で、よき日と申してあろがな。九月八日は結構な日ざが、こわい日ざと申して知らしてありた事少しは判りたか。何事も神示通りになりて、せんぐりに出て来るぞ。遅し早しはあるのざぞ。この度は幕の一ぞ。日本の臣民これで戦済む様に申してゐるが、戦はこれからぞ。九、十月八日、十八日は幾らでもあるのざぞ。三月三日、五月五日はよき日ぞ。恐ろしい日ざぞ。今は型であるぞ。改心すれは型小(ち)さくて済むなれど、掃除大きくなるぞ。猫に気付けよ、犬来るぞ。臣民の掃除遅れると段々大きくなるのざぞ。神が表に出ておん働きなされてゐること今度はよく判りたであろがな。◎と神との戦でもあると申してあろがな。戦のまねであるぞ。神がいよいよとなりて、びっくり箱開いたら、臣民ポカンぞ。手も足も動かすこと出来んぞ。たとへではないのざぞ。くどう気付けておくぞ。これからがいよいよの戦となるのざぞ、鉄砲の戦ばかりでないぞ。その日その日の戦烈しくなるぞ、褌締めて呉れよ。』(日月の巻 第十帖 ◎は「○にヽ」の形)

Posted on 2017/08/26 Sat. 19:07 [edit]

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26

まわりうた 

かみのりの みなかいくさき
  しくしめし くしきさくいか なみのりのみか

(神の理の 真中行く先 敷く示し 奇しき作意が 波乗りのみが)

解説

真中(みなか)は「真ん中。」、奇し(くし)は「神秘的だ。不思議だ。霊妙な力がある。」、作意は「芸術作品において、作者の制作した意図。創作上の意向・工夫。趣向。」の意味です。

Posted on 2017/08/26 Sat. 18:26 [edit]

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26

まわりうた 

なかきよの かきりのいくた
  たそかれか そたたくいのり きかのよきかな

(永き代の 限りの幾多 黄昏が そだたく祈り 季夏の良きかな)

解説

そだたくは「しっかり抱きしめる。」、季夏(きか)は「夏の末。晩夏。」の意味です。

余談

この歌は、「風の谷のナウシカ サウンドトラック はるかな地へ・・・」の中の「ナウシカ・レクイエム」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

どうも最近、過去のことがあやふやになって、かといって未来に目を向けても予測不可能な感じで、これも当てにならず、ただ確かなのは今この時だけだ、という感覚が強くなっている。

歌はそういう感覚を表現したものなのだが、一方で漫画版「風の谷のナウシカ」第七巻の、最後の夕焼けのシーンも連想してしまう。

Posted on 2017/08/26 Sat. 17:22 [edit]

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26

まわりうた 

とのはいく あまたかみのこ
  いさきよき さいこのみかた まあくいはのと

(何の場行く 数多神の子 潔き 最後の御型 真開く岩の戸)

解説

何の(どの)は「どれとはっきり限定しないままに、不明・不定の事物・人間・程度などを取り上げるときに用いる語。いずれの。」、数多は「数が多いさま。たくさん。多数。」、潔しは「汚れがない。清浄だ。」「心やおこないにやましいところがない。潔白だ。」「清らかで気持ちがよい。」、真は「(〔名詞・動詞・形容詞・形容動詞・副詞などに付いて〕)完全・真実・正確・純粋などの意を表す。」の意味です。

余談

この歌は、「風の谷のナウシカ サウンドトラック はるかな地へ・・・」の中の「ナウシカ・レクイエム」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/08/26 Sat. 17:06 [edit]

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26

まわりうた 

なかきよの もやしうるしは
  かをりけり をかはしるうし やものよきかな

(永き代の 萌やし得る芝 香りけり 丘走る牛 八面の良きかな)

解説

萌やすは「芽を出させる。もやしをつくる。」、八面(やも)は「八つの方面。あらゆる方面。四方八方。」の意味です。

雑感

この歌は、下記動画を見ながら、それをモチーフに書いた歌です。

『"happy Cows" Kuhrettung Rhein Berg english subtitles / vacas liberadas』(you tubeより)
https://youtu.be/kUZ1YLhIAg8

雑感

偶然見つけた動画です。何だか牛が楽しそうだったので、歌にしました。

英語がさっぱりわからないのだが、ミルクを出せなくなってリタイヤした牛に余生を楽しんでもらうため、牧場に放した、という内容らしい。

Posted on 2017/08/25 Fri. 08:19 [edit]

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25

まわりうた 

きしみさそ しつくせつなく
  かなかなか なかくなつせく つしそさみしき

(軋みさぞ 疾苦切なく 蜩が 長く夏急く 辻ぞ寂しき)

解説

さぞは「直接見聞していない他人の心中・状態についてこうに違いないと思いやる意を表す。きっと。さだめし。さぞや。」、疾苦(しっく)は「悩み苦しむこと。」「病気で苦しむこと。」、蜩(かなかな)は「蜩(ひぐらし)の別名。かなかなぜみ。」、急く(せく)は「せかす。いそがせる。せきたてる。」、辻は「二つの道路が十字形に交差している所。また,四方からの道が集まりゆききする人が出会い別れる交通の要所。辻堂・辻社(つじやしろ)が置かれ道祖神がまつられることが多い。十字路。四つ辻。」の意味です。

余談

この歌は、「電脳コイル サントラ音楽集 Disc 1」の中にある「悲しみ」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

特に何があったわけではないのだけれど、気分が落ち気味なので、その感覚を歌にしました。

Posted on 2017/08/25 Fri. 06:47 [edit]

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25

まわりうた 

かみのくら ひとりひとりの
  いまめさめ まいのりとひり とひらくのみか

(神の座 一人一人の 今目覚め 真祈りと皮裏 門開くのみが)

解説

真は「(〔名詞・動詞・形容詞・形容動詞・副詞などに付いて〕)完全・真実・正確・純粋などの意を表す。」、皮裏(ひり)は「こころ。こころの中。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「ウシワカ登場」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/08/24 Thu. 05:20 [edit]

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24

まわりうた 

なかきよの みなねふるのら
  かたむけむ たからのるふね なみのよきかな

(長き夜の 皆眠る野良 潟向けむ 宝乗る船 波の良きかな)

解説

眠る(ねぶる)は「ねむる。」、野良は「野。野原。」「田や畑。」、潟(かた)は「砂州によって外海から分離されてできる海岸の湖。潟湖(せきこ)。ラグーン。」「浦。入り江。湾。」「遠浅の海岸で、潮が満ちると隠れ、引くと現れる所。干潟(ひがた)。」の意味です。

余談

この歌は、新日本風土記のテーマ曲「あはがり」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。「あはがり」は奄美の島言葉で「全てが明るい」という意味だそうです。

Posted on 2017/08/23 Wed. 08:25 [edit]

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23

まわりうた 

いはのとの まあくときなり
  まつりあり つまりなきとく あまのとのはい 

(岩の戸の 真開く時なり 祭りあり 詰まり無き徳 天の音の拝)

解説

真は「(〔名詞・動詞・形容詞・形容動詞・副詞などに付いて〕)完全・真実・正確・純粋などの意を表す。」、天の(あまの)は「天にある。天の。天上界に所属する。」、音(と)は「 おと。ひびき。こえ。」、拝(はい)は「頭を下げて敬礼すること。おがむこと。」の意味です。

余談

この歌は、WAVEのアルバム「Citra re:verse -其歌は真言顕す欠片と為りて-」の中にある「天照大御神-AMATERAS SYSTEM-」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/08/23 Wed. 07:39 [edit]

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23

まわりうた 

かみのひと ひひきふりよし
  かむかせか むかしよりふき ひひとひのみか

(神の人 響き不離良し 神風が 昔より吹き 日々問ひのみが)

解説

不離は「離れないこと。また、離せないこと。」の意味です。

余談

この歌は、WAVEのアルバム「Citra re:verse -其歌は真言顕す欠片と為りて-」の中にある「天照大御神-AMATERAS SYSTEM-」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/08/23 Wed. 07:20 [edit]

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23

まわりうた 

つきのよの みかきありかは
  むかはるは かむはかりあき かみのよのきつ

(月の夜の 御垣在り処は むかはる場 神議り秋 神の世の来つ)

解説

御垣は「宮中・神社などの神聖な地域のまわりにある垣。」、在り処は「物のある場所。人のいる場所。所在。居所」、むかわるは「時が経過して、対応する物事が巡ってくる。因果が巡ってくる。」、神議る(かむはかる)は「多くの神が集まって相談する。かんはかる。」、つは「動作・作用が完了すること。また、すでに完了してしまったことを表す助動詞。…た。…てしまう。…てしまった。」の意味です。

余談

この歌は、WAVEのアルバム「Citra re:verse -其歌は真言顕す欠片と為りて-」の中にある「月読命-TSUKUYOMI SYSTEM-」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/08/23 Wed. 07:03 [edit]

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23

まわりうた 

なかきよら かたきかみまた
  とことはと ことたまみかき たからよきかな

(長き夜ら 堅き神また 常と 言霊磨き 宝良きかな)

解説

夜ら(よら)は「夜。」、常(とことわ)は「永久に変わらない・こと(さま)。永久不変。」の意味です。

Posted on 2017/08/22 Tue. 23:28 [edit]

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22

まわりうた 

なかきよの またきしいのり
  まつのみの つまりのいしき たまのよきかな

(永き代の 全き詞祈り 待つのみの 詰まりの意識 玉の良きかな)

解説

全し(またし)は「完全である。欠けたところがない。まったい。」、詞(し)は「ことば。文章。詩歌。」、詰まりは「物事の行きつくところ。果て。終わり。」「行きどまり。すみ。」の意味です。

Posted on 2017/08/22 Tue. 23:15 [edit]

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22

まわりうた 

なかきより あもるてんてい
  あしきなき しあいてんてる もありよきかな

(永きより 天降る天帝 悪しき無き 至愛天照る 面あり良きかな)

解説

天降るは「天上から降りてくる。天下る。 」、面(も)は「おもて。表面。あたり。方向。」の意味です。

Posted on 2017/08/22 Tue. 23:07 [edit]

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22

まわりうた 

なかきよの ひしりあいせん
  せいへいへ いせんせいあり しひのよきかな

(永き代の 日知り愛善 清平へ 依然生あり 至美の良きかな)

解説

清平(せいへい)は「世の中が清らかに治まっている・こと(さま)。」、至美は「たいへん美しいこと。すばらしいこと。また、そのさま。」の意味です。

Posted on 2017/08/22 Tue. 22:40 [edit]

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22

まわりうた 

なかきよの ひつくのしせつ
  きたりけり たきつせしのく つひのよきかな

(永き代の 日月の時節 来たりけり 滝つ瀬凌ぐ 終の良きかな)

解説

月(つく)は「つき。」、滝つ瀬は「水の激しく流れる瀬。また、滝。」、終は「つまるところ。最後。はて。」の意味です。

Posted on 2017/08/22 Tue. 22:13 [edit]

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22

まわりうた 

しけるはの ひかりのせかい
  たきよせよ きたいかせのり かひのはるけし

(繁る葉の 光の世界 抱き寄せよ 機体風乗り 佳美の遥けし)

解説

機体は「飛行機のエンジンおよび装備品以外の部分。また、飛行機それ自体。」、佳美は「りっぱで美しい・こと(さま)。」、遥けし(はるけし)は「空間的、時間的、心理的に遠くはなれている。」の意味です。

余談

この歌は、「風の谷のナウシカ サウンドトラック はるかな地へ…」の中にある「鳥の人」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

以下、「風の谷のナウシカ」のネタバレ含みます。

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「風の谷のナウシカ」にメーヴェという乗り物が出て来るが、これに乗っていたナウシカは風を感じながら、腐海もまた大自然の大きな営みの一部であると感じていたのかもしれない。

だが人の身としては、腐海は余りにも大きな脅威であり、だからこそ「青き清浄の地」という理想郷にあこがれてしまう。

「繁る葉の 光の世界」は、その「青き清浄の地」を彷彿とさせるわけだが、漫画版「風の谷のナウシカ」で、いざナウシカが「青き清浄の地」を垣間見た時の反応は、ここがまた人間の手で壊されやしないか、という心配であった。

そこは確かに、腐海と共に生きる者にとっての理想郷ではあったが、長らく風の谷に守られ、さらに、風の動きにほとんど命を預けざるを得ないメーヴェに、いつも乗っていたナウシカにとっては、腐海を肌で感じた時の感覚とそう大差がなかったように思う。

つまり、腐海を忌み嫌って、清浄の地を崇拝する、というような二元的な立ち位置ではなかった、ということだ。

腐海に住む異形の植物や虫たちが見せる生命のダイナミックさと、清浄の地が見せる静かな湿地帯の風景。そのどちらにも接したナウシカが感じたのは、物語中のセリフを借りれば「この星では生命はそれ自体が奇跡なのです」ということなのだろうと思う。

だから、この「繁る葉の 光の世界」は、それを示しているように思うのである。

「青き清浄の地」は、腐海に生きる者としては理想郷だが、本来、葉が繁るのも、太陽が輝くのも、ごく自然の日常の出来事のはずである。

葉が生い茂っていく力。太陽が輝く力。それら力の源は、腐海の異形なる生き物たちが生きていこうとする力の源と同じである。そして、その力は人にもまた与えられている。

それが「佳美の遥けし」なのだ。

その力はとんでもなく美しく、それはあらゆる時間空間に対して、遥か彼方まで広がっている。だからこそ「繁る葉の 光の世界 抱き寄せよ」でもあるのだと思う。

思い出される下記ナウシカのセリフが印象的だ。

「ちがう。いのちは闇の中のまたたく光だ!!」(漫画版「風の谷のナウシカ」 第七巻より)

Posted on 2017/08/20 Sun. 08:27 [edit]

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20

まわりうた 

なかきよの いはのとひらく
  すめかみか めすくらひとの はいのよきかな

(永き代の 岩の戸開く 皇神が 召す座人の 拝の良きかな)

解説

皇神(すめかみ)は「神を敬っていう語。すべかみ。」、召すは「そばにお招きになる。」、お招きになってある役職につかせる。また、任ずる。」、拝(はい)は「頭を下げて敬礼すること。おがむこと。」の意味です。

雑感

座人(くらびと)という言葉は辞書には無いが、湧いて出て来たので、そのまま出すことにする。座人(ざにん)という言葉ならあって、こちらは「座に加わっている人。座衆。」の意味になる。

歌の意味としては、皇神によって弥勒の世に招かれて、その世界に居る人、というような感じになる。

だが、この「座人」には、別の意味も含まれているように思う。

岩戸が開かれるとは、弥勒の世になることと同義ではあるが、別の視点から見てみると、今までのように、一人の人にいくつもの神がかかっていた状態から、かかる神が固定される、ということを意味するように思う。

今までであれば、邪悪な心の状態であれば邪悪な神様が、綺麗な心の状態であれば綺麗な心の神様が、時と場所によってかかっていて、一人の人でも、状況によって善悪がかわって、いろいろな状態の変化があった。

神界に霊線がつながっている時もあれば、幽界に霊線がつながっている時もあった。

しかし、この度三千世界が大掃除されるがゆえに、人にかかる神様自体も淘汰される事態になっているので、神様からすれば、誰か人にかからなければ、自分が消滅していく可能性すら出て来た。

そうして、最後は独りの人に独りの守護神がついて、弥勒の世では一体として動くということになるのだ。

これまで数ある神示神典が「身魂を磨け」を言ってきたのは、このためと思われる。

たとえがちょっと変かもしれないが、これはちょうどポケモンのバトル大会のようなものだ。

今まではポケモントレーナーとして、いろいろなポケモンと出会って、その中から好きなタイプのモンスターを選んで育てて、レベルを上げたり、新しい技を覚えさせたりして来たが、大会ではそこに出せるポケモンの数は決まっているので、否が応でも今の自分の立ち位置が固定されるということだ。

そして大会では、これまで自分が培ってきた以上の自分にはなれない。

他の人の持っている、あの強いポケモンが欲しいと、どれだけ思ってもそれは手に入らない。しかし、その姿に憧れ、それと同じポケモンと出会って、自分の手で育てることは出来る。否、今までは出来た、というわけだ。

まあ何にせよ、その時が間近に迫っていることは確かだと思う。

Posted on 2017/08/19 Sat. 07:33 [edit]

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19

まわりうた 

きとふとう くしきひひとり
  きしかんか しきりとひひき しくうとふとき

(きと不動 奇しき日一人 既視感が 頻りと響き 時空飛ぶ時)

解説

きとは「特に意図せずにある動作をするさま。思わず。ふと。」「動作が瞬間的に行われるさま。急に。とっさに。」、不動は「動かないこと。ゆるがないこと。」、奇し(くし)は「霊妙だ。不思議だ。くすし。」、既視感(きしかん)は「一度も経験したことのないことが,いつかどこかですでに経験したことであるかのように感じられること。デジャビュ。」、頻りと(しきりと)は「繰り返し何度も。ひっきりなしに。たびたび。」の意味です。

余談

この歌は、ゲーム「luv wave」の主題歌「luv wave」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

今日は朝から何だか変な感じで、昨日の延長線上に続く今日のはずなのだけれども、何だかまるで違う世界にいるような感じがしたので、その感覚を歌にしたものです。

最近、アメリカのドラマ「スーパーナチュラル」を見ているので、そのせいかもしれない。(笑)

では、歌の解釈を少々。

「きと不動」は、フッと不動の状態になる、ということ。

イメージ的には、高速のエレベーターが上に上がる時の、フッとしたあの感覚に近い。luv wave的にいうと、XINNにアクセスした時の状態を想像する。個人的には、季節の変わり目などでも感じることが多い。

「奇しき日一人 既視感が 頻りと響き」は、デジャビュが一瞬のことではなく、それが脈打つように続いているということ。

その感覚は、上に書いたように、何だか別の世界に来たような感覚なのだけれども、いつかどこかで見たような世界にも感じる。懐かしいと同時に、全く新しい世界に感じるということ。

「時空飛ぶ時」は、そのまま時空を飛ぶ瞬間という意味であるが、詠み終った所から、また反対に詠み返すと、最初の「きと不動」に戻るため、「時空を飛ぶ時」の後には「きと不動」が続いていることが判る。

図にすると、こうなる。

→                →                →

きとふとう くしきひひとり きしかんか しきりとひひき しくうとふとき

←                ←                ←

このように、時空を飛ぶ瞬間、フッと不動の状態になった、という風に続いていることが判る。

通常は、自分の意識も身体も時空に乗っかって移動しているが、ふとした瞬間、意識だけがそこから抜け落ちて、時間と空間に影響されない、特殊な不動の間(ま)の中に、はまってしまったような、そういう感覚である。

だから、目の前の変化する空間と、止まることなく続いていく時間が、何だか嘘くさく感じられるのだ。

しかし同時に、本来自分はここに存在していないのに、目の前の時空に触れられることに、とんでもない喜びを感じてしまう、ということでもある。

まるで10年前の世界に来たような、或いは10年後の世界に来たような、また或いはパラレルワールドの世界に来たような、そんな感覚である。

それは昨日の延長線上で続いて来た今日ではなく、昨日のある時点から枝分かれした、別の次元で存在している今日の中にいるような感じなのだ。

従来の世界からすれば決して存在するはずのない、そんな不思議な今日の中にいるような感じなのだ。

Posted on 2017/08/18 Fri. 09:13 [edit]

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18

まわりうた 

かなしみを みかへしことく
  たまはらは またくとこしへ かみをみしなか

(悲しみを 見返し孤独 給はらば 全く常しへ 神を見し中)

解説

全し(またし)は「完全である。欠けたところがない。まったい。」、常しえ(とこしえ)は「いつまでも続くこと。また、そのさま。永遠。永久。とこしなえ。」の意味です。

余談

この歌は、ヴァネッサ・メイさんのアルバム「レッド・ホット」の中にある「Toccata and Fugue in D Minor, BWV 565」(トッカータとフーガ ニ短調)を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。ゲーム「luv wave」の中でも、このバッハの曲は使われていたので、それも意識しています。

雑感

luv waveをしていて思ったのが、まあとにかく神は、とんでもなく孤独らしいということだ。

それは、全ての全てを永遠なる時間と無限なる平行空間が交差している座所から黙って見つめ、この世のありとあらゆる存在の感情を、共に味わっているためだ。

人の身としては、悲しいことや辛いことがあると、とても孤独になって、神の存在について問うてしまうものだが、むしろその孤独の状態こそが、神としての在り方に一番近い状態なのだと思う。

古事記でも聖書でもそうだが、混沌から神が生まれる、或いはすでに神が存在してしまっている、という所から始まっている。

古事記冒頭。

『宇宙の始まりは混沌としていて、ハッキリとしていませんでした。そこに世界を成す根元が固まってきたのですが、まだまだ名づけようもない状態でした。しかし天と地が別れるとアメノミナカヌシ神・タカミムスビ神・カミムスビ神が産まれて世界が始まりました。』

聖書冒頭。

『初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。』

私達が、気付けばこの世に生まれ出てしまっていたように、神も混沌から生まれ、そして世界を創造していった。何もない無の世界から万物を生み出していったわけだが、なぜそんなことをしたのか。

あえて言うならば、命の情動に従って必然的にそうなった、ということだろうが、そうだとしても、孤独ではなかったのだろうかと思う。

いやむしろ、とんでもない孤独の中に居たので、半ば無意識的に世界を創造していったのではないか、とさえ思う。

そしてそれは、未だ見ぬ人々と出会うために、今ここにいる私やあなたと出会うために、創造をしていったのだと考えると、中々感慨深いものがある。

つまり神は、私やあなたとただ出会いたいが為に世界を創造したのではないか、ということだ。

時々自分という存在が、神が頭の中で想像した空想上の人物に過ぎないのではないか、と思う時がある。まるで、本や映画の中の架空の人物のように。

だが、その想像は想像のみに終わらず、最後は創造され、現実のものとなる。最期の時、私達は聖書でいうところの「新しい天と新しい地」に行くことによって、空想上の人物から、現実に存在する人物へと転換されるのだ。

このようにして、私達は全く新しい天地で神と出会うのだ。

Posted on 2017/08/17 Thu. 07:54 [edit]

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17

まわりうた 

かみうれし こむときしらは
  すへてめて へすはらしきと むこしれうみか

(神嬉し 来む時知らば 全て愛で 辺素晴らしきと 無期知れ海処)

解説

愛づは「物の美しさ・素晴らしさをほめ味わう。感嘆する。」辺(へ)は「ほとり。あたり。」「海辺。海の岸に近い所。沖に対していう。」、無期(むご)は「長くその状態が続いていること。久しいさま。」「いつと期限のないこと。いつ終わるともわからないさま。」、海処(うみが)は「海辺。海。」の意味です。

余談

この歌は新日本風土記のテーマ曲「あはがり」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。「あはがり」は奄美の島言葉で「全てが明るい」という意味だそうです。

Posted on 2017/08/17 Thu. 00:37 [edit]

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17

まわりうた 

ひころより たひのめつしに
  まいのちの いまにしつめの ひたりよろこひ

(日頃より 度の滅しに 真命の 今に鎮めの 浸り喜び)

解説

度は「何度か繰り返された中の一回、一回。ある状態にあった、その時。折。」、滅する(めっする)は「ほろびる。死ぬ。」「なくなる。消える。」、鎮めるは「からだの痛み・症状や気持ちの乱れなどを落ち着かせる。」の意味です。

余談

この歌は、ヴァネッサ・メイさんのアルバム「レッド・ホット」の中にある「Toccata and Fugue in D Minor, BWV 565」(トッカータとフーガ ニ短調)を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

映画「アビエイター」を見ていたら、「Toccata and Fugue in D Minor, BWV 565」が流れていて、何か歌にしたくなったので書きました。

しかしこの曲を聞いていると、まるで空を飛んでいるかのように気持ち良い。気持ち良すぎる。

思えば、自分が左右対称になっているまわりうたを書いているのも、一種の強迫行為なのかもしれない。

いつぞやは、ご飯もお風呂も終わって、いざ寝床について寝ようとしたら、頭の中に、とあるいろは歌のインスピレーションが湧いてきて、眠いのに結局歌を書くのに没頭してしまって、でも眠気が限界なので、無理やり寝床に入ったけれども、インスピレーションが止まらずにどうしても眠れないので、また起きて歌に没頭したけれども、さすがに夜中の数時間だけでは、どうがんばっても完成させられないので、明け方近くになって無理やり寝た、ということもあった。

別の日には、確か一日6時間ぐらいを3、4日ぐらいかけて、とあるいろは歌を完成間近(形としては一応完成していたが、歌として見た時にしっくりこなかった)までつくり上げたのだけれども、それがどうしても気に入らず、文字の解体作業と再構築を続けていたら、最初とはまるっきり内容が変わってしまって、ほとんど全く別のいろは歌が出来てしまった、ということもあった。

また別の日には、朝5時ごろ起きて、今日はまわりうた10首どうしても作り上げなきゃ、となぜか思ってやってたら、気付いたら夕方になっていて、次の瞬間、気付いたら夜の11時だったこともあった。

結局夜中12時直前までやって、なんとか10首間に合ったのだが、今思うと何をそんなに必死になっていたのか、さっぱりわからない。

当時の状況を客観的に振り返ってみると、ちょっとやばい状態だったかもしれない。

Posted on 2017/08/15 Tue. 00:45 [edit]

category: まわりうた

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15

まわりうた 

したつまひ あけしかすかす
  らありけり あらすかすかし けあひまつたし

(下つ真日 開けし数々 良ありけり あら清々し 気合全し)

解説

つは「体言または体言に準ずるものに付いて、連体修飾語をつくる。の。」、真日は「日の美称。」、あらは「感動した時などに発する語。ああ。あな。」、気合(けあい)は「ようす。けはい。」、全し(まったし)は「完全である。欠けた点がない。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「太陽は昇る」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

「下つ真日」は直訳すると、下の太陽、ということになる。

日月神示の次の部分を踏まえると、これは地球の核と読み取ることが出来る。

『この巻「星座の巻」。偶然と申すのは、宇宙世界、星の世界の必然からのものであって偶然ではないぞ、天に星のある如く地には塩があるのであるぞ、シホ、コオロコオロにかきならして大地を生みあげた如く、ホシをコオロコオロにかきならして天を生みあげたのであるぞ。天の水、地の水、水の中の天、水の中の地、空は天のみにあるのではないぞ、地の中にもあるのぞ、天にお日さまある如く地中にも火球があるぞと申してあろう、同じ名の神二つあるぞ、大切ことぢゃ。』(星座の巻 第一帖)

これまで、岩戸開きは太陽の変化とばかり思っていたが、上記を踏まえると、地球の核が何らかの変化を起こす、とも考えられる。

下記ブログでも、地球の核が動作を停止して時間が止まる可能性がある旨が書かれてある。

『第××章 Xデー 最後の審判・世の大立替・天の岩戸開けは本当にあるのか?  その3』(「人に内在する良心神(神言会)」さん)
http://kamikotokai-b.jugem.jp/?eid=462

『聖なる天の火と地の火。天の岩窟の中の天照太御神とは?』(「人に内在する良心神(神言会)」さん)
http://kamikotokai-b.jugem.jp/?eid=275

これから、一体全体どうなるのかと思ってしまうが、大本の基本宣伝歌にあるように「誠の力は世を救ふ」ということらしいので、誠に戻ることが一番大事なことのようだ。

基本宣伝歌参照。

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朝日は照るとも曇るとも  月は盈つとも虧くるとも
たとへ大地は沈むとも  曲津の神は荒ぶとも
誠の力は世を救ふ

三千世界の梅の花  一度に開く神の教
開いて散りて実を結ぶ  月日と地の恩を知れ
この世を救ふ生神は  高天原に神集ふ

神が表に現はれて  善と悪とを立別ける
この世を造りし神直日  心も広き大直日
ただ何事も人の世は  直日に見直せ聞直せ
身の過は宣り直せ。

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Posted on 2017/08/14 Mon. 10:52 [edit]

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14

いろはうた 

あまつくにはら とよさきの
てりそむるいろ うけもえぬ
おほわたちふね ひめやゆれ
しんゐなへせす かみこゑを

天つ国原   豊幸の
照り初むる色 受け燃えぬ
大海千船   姫や揺れ
神威並べ為す 神声を

解説

天つは「天の。天にある。天上界に所属する。」、国原は「広く平らな土地。広い国土。」、豊(とよ)は「助詞‘の’を伴って連体修飾語として用いられるほか、名詞、時に動詞の上に付いて用いられる。物事が豊かである意を表し、褒める意を添える。」、幸(さき)は「さいわい。繁栄。」、初むは「〔動詞の連用形に付いて〕…し始める。初めて…する。」、海(わた)は「海(うみ)。」、神威(しんゐ)は「神の威光。」、並ぶ(なぶ)は「並べる。」、為す(せす)は「なさる。あそばす。」の意味です。

※ちなみに天つ国(あまつくに)は「高天原のこと。日本神話で、神々の世界。」「天国のこと。」の意味です。

余談

この歌は「大神 オリジナル・サウンドトラック」のDisk4の中にある「太陽は昇る」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

意訳

高天原は、豊かな繁栄をもたらす(朝の光が)、照り始めるその色を受けて、まるで一面が燃えたかような神々しさを放っている。

一方、大海原からは数多くの船が、波に揺られながらやって来て、その先頭の船の舳先には、勇敢に立っている姫様の姿が見られる。

その姫様は、神威を発揮しなさる声を次々に発せられているよ。

雑感

中々合わせるのが難しく、ちょっと強引になってしまったかもしれない。正直、どういう状況での歌なのか、ちょっとよくわからない。

まず感じるのは、豊幸の幸(さき)は崎(さき)に通じ、御崎(岬)の情景を連想させられる。

おぼろげに感じるイメージとしては、とある姫君が長い間、船でどこかに行っていたが、目的を果たして晴れて帰ってきたシーン、というもの。

「神声」としているが、これは何かの目的が達成されたので、その神威を知らしめることが出来た、という意味で、いわば勝ち鬨みたいな感じを受ける。

目的が成就されたことを、いち早く知らせるために「天つ国」に戻って来た、という感じもする。

この姫様は神功皇后のようなイメージだが、よく考えてみると天照大神の別名は日孁(ひるめ)である。ヒルメは何気ヒメに通じる感じがする。なので、この姫様は天照大神とも言えるのかもしれない。

だが、後半部分の最初の文字を縦に繋げると「豊受姫神」となるので、そのまま豊受姫神のことと取るべきなのかもしれないが、接点がちょっとよくわからない。

うーん、詳細がよくわからないが、良い知らせが来る、という意味には違いがないので、この形をもって、この歌の完成とすることにします。

Posted on 2017/08/12 Sat. 18:32 [edit]

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12

まわりうた 

うきのちの いまときみつと
  ひもくろく もひとつみきと まいのちのきう

(泥の地の 今時満つと 日も黒く も一つ見きと 真命の球)

解説

泥(うき)は「泥深い土地。沼地。和歌では多く‘憂き’にかけて用いられる。」、満つは「(限度まで)いっぱいになる。充満する。満ちる。広まる。」、も一つは「その上にさらに一つ。もう一つ。」、球(きゅう)は「丸いもの。たま。」の意味です。

余談

この歌は、Xenogears ORIGINAL SOUNDTRACK Disc 2の中にある「最先と最後」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

意訳

既に、この地球が泥海の地になっている今、時が満ちると、太陽さえも黒くなる。

この現象が起こると、神隠しにあったように、多くの人々がこの世から消え失せる。

これら消えた人々は口をそろえて、もう一つの世界を見た、と言う。その世界とは、泥海になった地球とは似ても似つかない、まるで瓜二つの地球であった。しかしその地球は、今まで全く見たことも聞いたこともない、真っ新で産(うぶ)のままの地球であった。

そこでは、自分自身も含め360度全てが輝いているという。その輝きは、地球をはじめとして、そこに住む人々、動物達、植物達、果ては鉱物に至るまで、それぞれが固有に持っている命の光によって、もたらされているという。

Posted on 2017/08/12 Sat. 10:17 [edit]

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12

まわりうた 

なかきよの ねむりのいまの
  をさまるま さをのまいのり むねのよきかな

(永き世の 眠りの今の 収まる間 さ青の真祈り 胸の良きかな)

解説

さ青(さお)は「青。まっさお。」の意味です。

余談

この歌は、「千と千尋の神隠し サウンドトラック」の中にある「いつも何度でも」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

歌を書いていると、いろいろと凝ってみたくなるのだけれども、こういうシンプルなのも良いな、と出来上がった形を見て、改めて思いました。今の今まで、あまりにシンプルすぎるのは、おもしろくないと思っていたので……。

とは言え、凝りすぎていても、ちょっと流れが止まってしまって、嫌だけれども。

Posted on 2017/08/11 Fri. 22:28 [edit]

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11

まわりうた 

うたいてる こののちみのき
  ひありけり あひきのみちの のこるていたう

(宇内照る この後身退き 一ありけり 合気の道の 残る定道)

解説

宇内(うだい)は「天下。世界。」、一(ひ)は「いち。ひとつ。声に出して数をかぞえるときの語。ひい。」、定道(ていどう)は「神の意志などによって定まっている不変の道。」の意味です。

余談

この歌は、下記動画を見ながら、それをモチーフに書いた歌です。

『合気道 植芝盛平 道祖』
https://youtu.be/fgZrZbtvUgE

雑感

ひょんなことから合気道の動画を見ていたら、中々おもしろかったので歌にしてみました。

合気道をしたことはないけれども、改めて動きを見てみると、やっぱりすごい。まるでヽ(ホチ)のように崩れない。見えない中心になっているので、相手は自分の出した力で吹っ飛んでいるように見える。

Posted on 2017/08/10 Thu. 09:03 [edit]

category: まわりうた

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10

まわりうた 

しふきこと きつきかあひき
  ろくかふか くろきひあかき つきとこきふし

(繁吹き共 気付きが合気 六合が 黒き日赤き 月と呼吸し)

解説

繁吹き(しぶき)は「雨風が吹きつけること。また、その雨。」「水などが細かく飛び散ること。また、その水滴。飛沫(ひまつ)。」、共(ごと)は「名詞に付いて、そのものも含めて、の意を表す。…とともに。…ぐるみ。」、六合(ろくごう)は「上下と東西南北の六つの方角。天下。世界。六極(りっきょく)。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「常闇ノ皇」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/08/09 Wed. 20:23 [edit]

category: まわりうた

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09

まわりうた 

うさきさる をかはれたあい
  かせのまの せかいあたれは かをるさきさう

(兎去る 丘晴れ他愛 風の間の 世界当たれば 香る鷺草)

解説

他愛は「自分の利益・幸福よりも、まず他人の利益・幸福を願うこと。愛他。利他。」、鷺草(さぎそう)は「ラン科の多年草。日当たりのよい湿地に生え、高さ30~40センチ。8月ごろ花茎を伸ばし、飛び立つサギに似た形の白い花を数個開く。観賞用に栽培される。」の意味です。

余談

この歌は、Xenogears ORIGINAL SOUNDTRACK Disc2の中にある「SMALL TWO OF PIECES ~軋んだ破片~」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/08/08 Tue. 21:52 [edit]

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08

まわりうた 

むれかなた まちかくらくら
  えとほのほ とえらくらくか ちまたなかれむ

(群れが涙 街がぐらぐら 江戸炎 ど偉く落下 巷流れむ)

解説

群れは「多くの同類のものが集まっている状態。むらがっている状態。また、そのもの。」「仲間。」、涙(なだ)は「なみだ。近世、奴(やっこ)などが用いた語。」、巷は「町の中の道路。また、町中。」の意味です。

余談

この歌は、Xenogears ORIGINAL SOUNDTRACK Disc 2の中にある「神に牙むくもの」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

最近、関東の方で地震が多いように思うが、これから茨城、千葉など、首都圏でM5以上の地震が、継続してちらほら出て来るようだと、秋(特に9月10月)頃は要注意かもしれない。

下記ブログ参照。

『地震の記録』(ずくなしの冷や水さん)
http://inventsolitude.sblo.jp/article/180521015.html

『次の大地震が接近か 地震の動向に注意』(ずくなしの冷や水さん)
http://inventsolitude.sblo.jp/article/80313549.html

ひとたび大地震が起きれば、そこら中にある超高層ビルが燃え盛って、まるで火の塔のようになるはずだ。下手すると、ビル倒壊さえあるかもしれない。

少なくとも、上層階から燃えた瓦礫が落下してきて、非難する人々の頭上へ襲い掛かるだろう。木造住宅密集地もそうだが、これら瓦礫の炎が瞬く間に、周囲に燃え広がって行く。

首都圏に住んでいる方は、もう一度備蓄や避難経路などの確認をしておいたほうが良いように思う。

Posted on 2017/08/07 Mon. 21:37 [edit]

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07

まわりうた 

きしなかく ほとりかひかい
  かくのひの くかいかひかり とほくかなしき

(岸長く 辺が被害 核の火の 苦海が光り 遠く悲しき)

解説

辺は「 海や川・池などの水際。きわ。」、苦海(くかい)は「苦しみの絶えないこの世を海にたとえていう語。苦界(くがい)。」の意味です。

Posted on 2017/08/06 Sun. 11:47 [edit]

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06

まわりうた 

しきるなつ せかいけほとも
  なみたまた みなもとほけい かせつなるきし

(頻る夏 世界毛ほども 涙また 水面と暮景 佳絶なる岸)

解説

頻る(しきる)は「何度も繰り返し起こる。また、さかんに引き続いて起こる。」、毛ほどは「(打ち消しの語を伴う)ほんのわずか。」、暮景(ぼけい)は「日暮れ時の景色。夕方の情景。」「老境。晩年。」、佳絶(かぜつ)は「(風景が)この上なくよい・こと(さま)。絶佳。」の意味です。

余談

この歌は、「千と千尋の神隠し サウンドトラック」の中にある「あの夏へ」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

意訳

毎年毎年、繰り返しやって来る夏。生命の躍動が盛んに起こって来る夏。頻りに蝉が鳴き、草木が大いに生い茂っていく夏。

今年の夏は、今年限りの夏のはずなのに、目の前に見る夏の世界は、昔からこれっぽっちも(変わらないなぁ)。そう思うと、涙がまた溢れ出て来る。

(川の)水面と夕暮れ時の(街並みの)情景が見える、この岸からの眺めは、(昔から知っているけれども、変わらずに)素晴らしいなぁ。

雑感

自分の場合は、川の水面と夕暮れの街並みというイメージで設定したが、人によっては海の水面を想像して、夕暮れ時、そこに多数の船が行き交っている、などなど、それぞれ好きな情景を楽しんでもらえたらと思う。

もう少し踏み込むならば、暮景は「晩年」の意味があり、岸には崖の意味もあるので、これは晩年の自分と、その先にある死を暗示させる。

また巡って来た今年の夏の風景は、いつかどこかで見た風景とそう変わらないのに、気が付けば自分は年老いてしまって、昔とずいぶんと変わってしまったなぁ、という心境が、ここに滲み出ているように個人的には感じる。

けれども、幼少期だろうが老年期だろうが、目の前の光景が素晴らしいことは変わりない。夏の季節、それぞれが生命豊かに、これでもかと変化していく事実は何も変わらない。

だから、この先にある自分の死もまた、素晴らしいものなのではないか、と、大いに期待し、手放しで予感してしまうほどに、目の前の情景が素晴らしい、ということを、この歌は詠っているように思う。

このようにして、夏が頻りに何かを訴えかけて来る。生命がどれだけ偉大であるかを訴えかけて来る。既にここに生きていることが、いつかどこかで死んでいくことが、どれだけ素晴らしいかを、訴えかけて来る。

きっと一番最初の「頻る夏」は、そういうニュアンスさえも含まれているに違いない。

Posted on 2017/08/05 Sat. 00:33 [edit]

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05

まわりうた 

ふかむのら ひとつしんあい
  かせのまの せかいあんしつ とひらのむかふ

(深む野良 一つ仁愛 風の間の 世界庵室 扉の向かふ)

解説

深むは「深まる。深くなる。」、野良は「野原。野。」、仁愛は「めぐみいつくしむ・こと(さま)。慈愛。」、庵室は「僧尼や世捨て人の住む粗末な家。いおり。」、向こうは「正面。前方。また、前方の比較的離れた場所。」の意味です。

※向かふは「向かう」ではなくて「向こう」の歴史的仮名遣いとして使っています。

余談

この歌は、魔法少女まどか☆マギカ MUSIC COLLECTIONの中にある「Ave Maria」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/08/04 Fri. 22:12 [edit]

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04

まわりうた 

なかきよの へいわにもとり
  かひなるな ひかりともにわ いへのよきかな

(永き代の 平和に戻り 佳美なる名 光り共に輪 家の良きかな)

解説

佳美は「りっぱで美しい・こと(さま)。」の意味です。

Posted on 2017/08/04 Fri. 09:41 [edit]

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04