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花鳥風月

気ままに回文歌、いろは歌を書いています。

まわりうた 

なかきしけ ゆふのきしふる
  ゆきはなは きゆるふしきの ふゆけしきかな

(長き繁 夕の岸降る 雪花は 消ゆる不思議の 冬景色かな)

解説

繁(しげ)は「しげみ。木の生い茂った場所。」、夕(ゆう)は「日が暮れて夜になろうとする時。ゆうぐれ。ゆうがた。」、雪花は「雪を花にたとえていう語。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「ウシワカ登場」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

「長き繁」は、岸の近くで生い茂る木、たとえば松などが長く続いている様をイメージしている。そして夕暮れの岸に降る雪が、降った後から地面に消えて行く不思議さを見て、これぞ冬景色だなぁ、と感慨にふける気持ちを、この歌は詠っているように思う。

Posted on 2016/11/30 Wed. 22:05 [edit]

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30

まわりうた 

なかいけの ひかるてらその
  ゆふかけか ふゆのそらてる かひのけいかな

(長池の 光る寺苑 夕影が 冬の空照る 佳美の景かな)

解説

長(なが)は「他の語の上または下に付いて複合語をつくり、相対的に長い形であることを表す。」、苑(その/ぞの)は「庭。庭園。また、花・野菜・果樹を栽培する区域。」、夕影は「夕方の日光。日暮れがたの微光。」、佳美は「りっぱで美しい・こと(さま)。」、景は「けしき。ながめ。情景。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「ウシワカ登場」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2016/11/30 Wed. 18:22 [edit]

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30

まわりうた 

なかきよの のもれはあかき
  しけりけり けしきかあはれ もののよきかな

(永き代の 野漏れば赤黄 繁りけり 景色があはれ 物の良きかな)

解説

漏る(もる)は「(水・光・音などが)漏れる。こぼれる。」「秘密などが他に知れる。」、あはれは「ああ。あれ。」「‘をかし’とともに、平安時代における文学の基本的な美的理念。深いしみじみとした感動・情趣をいう。のち、しだいに日本文学の美の根幹として発展し、調和美・優雅美・静寂美・悲哀美などのさまざまな内容を持つようになった。」、物は「何かの事柄・物事。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「ウシワカ登場」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

「永き代の 野漏れば赤黄 繁りけり」は、説明がむずかしいが、どこぞに変わることのない永遠なる理想の野原があって、その野原がこの場所に漏れてくることで、目の前の現実にある野原にも赤や黄に葉が色づき、目の前の紅葉としてあらわれる、というニュアンスを感じる。

こうして目の前に漏れてきた景色に、あぁ、と感嘆しているのだ。

Posted on 2016/11/30 Wed. 11:43 [edit]

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30

まわりうた 

しらゆきは けさのめうちの
  のこりけり こののちうめの さけはきゆらし

(白雪は 今朝の妙致の 残りけり この後梅の 咲けば消ゆらし)

解説

白雪は「真っ白い雪。」、妙致(みょうち)は「非常にすぐれたおもむき。妙趣。」、けりは「過去にあった事実に気付いて、それを回想して述べる。」、咲けばのばは「〔順接の確定条件、原因・理由〕…ので。…から。」、らしは「〔原因・理由の推定〕(…であるのは)…であるかららしい。(…しているのは)きっと…というわけだろう。(…ということで)…らしい。▽明らかな事態を表す語に付いて、その原因・理由となる事柄を推定する。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「ウシワカ登場」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

形は綺麗なんだが、ちょっと訳しにくい。

白雪は風情漂う今朝には残っていた、けれどもこの後、梅が咲いたので、すっかり消えてしまったらしい、といった感じか。

……というか、この歌ちょっと時期が早すぎるな。(汗)

白雪を「知らぬ行き」と見て、梅を三千世界一度に開く梅の花の「梅」と解釈すると、まあ時期に関係無く意味を通せる気はする。

つまり、一寸先は闇の先行き不安な気持ちが、岩戸が開けた当座は皆の中に残っていたが、その後、三千世界一度に開く梅の花と相成ったので、それもすっかり消えてしまったらしい、といった感じになるかと思う。

Posted on 2016/11/29 Tue. 23:53 [edit]

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29

まわりうた 

ふとのりと ももくさみては
  いさきよき さいはてみさく ももとりのとふ

(太祝詞 百草見ては 潔き 最果て見放く 百鳥の飛ぶ)

解説

太祝詞(ふとのりと)は「祝詞(のりと)の美称。ふとのりとごと。」、百草(ももぐさ)は「マツ科マツ属の常緑高木の総称。」、潔しは「清らかだ。清浄だ。」、最果ては「中央から遠く離れて、その先はなくなる所。いちばんはずれ。」、見放く(みさく)は「遠くを望み見る。」、百鳥(ももとり)は「多くの鳥。いろいろの鳥。」の意味です。

余談

この歌は新日本風土記のテーマ曲「あはがり」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。「あはがり」は奄美の島言葉で「全てが明るい」という意味だそうです。

雑感

祝詞は祝う詞(ことば)と書く。何を祝うのかというと森羅万象、即ち神に出会って、心動かされた時に思わず出て来る言葉ではないだろうか。だから、たとえば綺麗な鳥とか可憐な花を見たとき、思わず、あぁあ、とか、おぉお、とか、すごい、美しい、そんな言葉がふと漏れたならば、それはもう広い意味で祝詞ではないかということである。

祝詞は宣り言(のりごと)から来ているという。目の前の事象に目を奪われて、自分の気持ちがそこへ延びていく。そうして自分の気持ちがそこに乗り移り、それと一体化することで、思わず言葉が出る。言葉という媒体に乗って、自分の気持ちが溢れてくる。それが祝詞ではないかということだ。

その意味でいくと、祝ふ(いはふ)とは意延ふ(いはふ)であり、自分の気持ちがその事象へと延びて行き、一体化することをいうように思う。そしてその先に歓喜がある。

歌の内容でいうならば、松を見て「あぁあ!!!!」と感動し、そしてさらに遠い向こう側を望み見たら、様々な鳥が飛んでいる、その姿に「おぉおお!!!」と驚嘆する。

目の前の情景や事象に自分の一切が乗り移ることで、言葉を超えた興奮と何とも言えない祝福の気持ちが表れてくる。その行き場のない思いの幾ばくかが、言葉に乗(宣)って零れ落ちてくる。それが祝詞の本来の姿なのかもしれない、と想像すると何だかワクワクしてくる。

Posted on 2016/11/29 Tue. 19:34 [edit]

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29

まわりうた 

しらすなに くろまつありて
  かひのその ひかてりあつま ろくになすらし

(白砂に 黒松有りて 佳美の苑 日が照り東 陸に鳴すらし)

解説

白砂(しらすな)は「白いすな。はくさ。」、黒松は「マツ科の常緑高木。海岸に多く、庭木にもする。樹皮は黒褐色。針葉が二本ずつつき、長くて硬い。全体に剛強なので雄松(おまつ)ともいう。材は建築・土木・パルプの用材とし、幹からは松脂をとる。」、佳美は「りっぱで美しい・こと(さま)。」、苑(その)は「庭。庭園。また、花・野菜・果樹を栽培する区域。」「(何かの行われる)場所。」、東(あずま)は「東の方。東方。」「‘東琴(あずまごと)’の略。」、陸(ろく)は「きちんとしている・こと(さま)。」「気分がくつろいでいる・こと(さま)。」、鳴す(なす)は「鳴らす。」、らしは「〔原因・理由の推定〕(…であるのは)…であるかららしい。(…しているのは)きっと…というわけだろう。(…ということで)…らしい。▽明らかな事態を表す語に付いて、その原因・理由となる事柄を推定する。」の意味です。

余談

この歌は新日本風土記のテーマ曲「あはがり」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。「あはがり」は奄美の島言葉で「全てが明るい」という意味だそうです。

雑感

歌の中にある「東」は東の方、または東琴(和琴)という意味で使っているが、東風(こち)という言葉があるように、これは東から吹いてくる風が和琴を鳴らしているように聞こえる、という意味で使われているように思う。

だいたいの訳としては、白砂に青々とした黒松が生えている、この立派で美しい場所が今あるのは、きっと常日頃から太陽が照り渡り、また東からの風が心地好く吹いているからなのだろう、といった感じになるかと思う。

Posted on 2016/11/29 Tue. 11:03 [edit]

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29

まわりうた 

なかきよの さありてかひの
  せいかくか いせのひかてり あさのよきかな

(永き代の 座在りて佳美の 清客が 伊勢の陽が照り 朝の良きかな)

解説

佳美は「りっぱで美しい・こと(さま)。」、清客(せいかく)は「風雅な客。」「梅の異名。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「太陽は昇る」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

三千世界一度に開く梅の花

ということで、ミロクの世の到来を言祝ぐ歌です。

自分的にはとても異質な歌です。なぜなら、通常自分の中では「○○の陽」の中に伊勢は入れないから。理由は「伊勢の陽」だと意味がわからないから。「伊勢の陽」とすると、天照大神だということは想像に難くないが、これはあくまで歌なのでやはり意味的に変だと自分は考える。

伊勢よりかは、むしろ永久(とわ)とか至美(しび)とか考えたいところで、他にも神とか当てはめてみたが、どうもしっくりこない。それよりも、問答無用で、理屈抜きで「伊勢」が気になってしまう。そして、頭では理屈で合わないと感じつつも、なぜか伊勢を入れてしまって、なぜかそれで納得してしまったから。

清客も同じで、普段なら入れないはずだが入れてしまった。ちょっとこの歌は異質すぎる。が、そうなったものはしょうがないのでそのまま出すことにした。

全体的に眺めてみると「客」が何だか変な感じがするが、客人(まれびと)という言葉もあるので、客という漢字に何かあると調べたら、やはり繋がりが見えてきた。

まず、ウ冠の部分は屋根・家屋を表す。次に、各の部分は下向きの足と口を表し、これは神霊が降りて来るのを祈る形になるのだそうだ。

「永き代の 座在りて佳美の 清客が」は、単に三千世界一度に開く梅の花、の意味でもよいが、永い間、座を設けて待ち待っていた客が現れた、という意味も含まれているのだろう。ちなみに客人(まれびと)とは、海のかなたの異郷(常世)から来訪して、人々に祝福を与えて去る神のこと。

結論から言うとこの客は、弥勒大神と解釈したい。ちなみに沖縄や常陸(ひたち)では、海のかなたからやってくるみろくの船を迎える信仰がある。

改めて歌の内容をまとめると、中心の座に弥勒大神がついに在(ましま)すことで、三千年の夜はついに明けて、待ちに待っていた日の出の世、ミロクの世にめでたく相成ったということだ。

特に「伊勢の陽」となっているのは、未だ岩戸の中に閉じ込められていた天照大神がお出ましに成ったということだ。

Posted on 2016/11/29 Tue. 08:35 [edit]

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29

まわりうた 

なかきよの たうとおふまに
  みやひなひ やみにまふおと うたのよきかな

(長き夜の 道途追ふ間に 雅びな火 闇に舞ふ音 歌の良きかな)

解説

道途(どうと)は「みち。道路。」、雅びは「上品で優美なこと。また、そのさま。風雅。優雅。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「真スサノオ」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

イメージとしては、まんが日本昔話にあるような感じで、ある夜、いつも通る道に提灯や行燈のような「何か」がふと見えて、不思議に思ってその後を追っていくと、そこでは通常の世界とは違う不思議な世界が展開されていた、というもの。

歌の内容を見ると、火を囲んで異質な存在(山に住む動物とか妖怪とか)がとても楽しそうに歌い踊っている、という想像が湧いて来る。

でもだいたい昔話だと、主人公が近づいていくと、すぐに明かりが消えて楽しそうな声も消えてしまうんだよなぁ。でも、主人公はどうしても気になってしまう。そうして何日後かにまたいつもの道を歩いていると、同じ場面に出くわす。今度は見て見ぬふりしながら、用心深くその場所に行って、最後はその正体を突き止めてしまう。

最後それを突き止めると、以前助けてあげた狸とか狐だった、とかなんだよなぁ。そして、もう二度とその場面に出くわすことは無くなる、と。

Posted on 2016/11/28 Mon. 20:23 [edit]

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まわりうた 

なかやみの ましつきあかり
  ほしてりて しほりかあきつ しまのみやかな

(長闇の 増し月明かり 星照りて 霑りが秋津 島の宮かな)

解説

長(なが)は「他の語の上または下に付いて複合語をつくり、時間的に長く続くことを表す。」、霑り(しおり)は「濡らす。しめらす。」、秋津島(あきつしま)は「初め、大和国内の一地名。のち、‘しま’が国と同義であるところから大和国の異名となり、さらに、日本国の異称となった。秋津島根。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「ウシワカ登場」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

「霑る」は、ある辞書では下二段活用しか載っていなかったのだが、別の辞書を見ると四段活用もあったので「霑り」とした。念のため書いておくと、「流れ」を「流り」と言わないように、下二段活用では「霑り」とはならない。

ちなみに蕉風俳諧の根本理念の一つである「しほり」ともかかっている。「しほり」とは、作者の心にある哀感が、句または句の余情に自然とあらわれたものをいう。

歌のイメージとしては、夜も更けて闇が増していく中、雲が晴れて月明かりと星が照りだし、どこぞの神社、神宮をうっすらと映し出す。その瞬間を見て、何とも言えないしっとりとした気持ちが湧き上って来るなぁ、といった感じ。

Posted on 2016/11/28 Mon. 10:16 [edit]

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28

まわりうた 

きゆるふね さかひおきなみ
  のこりけり このみなきおひ かさねふるゆき

(消ゆる船 境沖波 残りけり この身泣き笈 重ね降る雪)

解説

境は「境界。」、沖波は「沖に立つ波。」、笈(おい)は「修験者や行脚僧などが、仏具・衣服・書籍・食器などを入れて背負って歩く道具。箱形で脚が四本付いており、開閉する戸がある。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「ウシワカ登場」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2016/11/27 Sun. 22:14 [edit]

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