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花鳥風月

気ままに回文歌、いろは歌を書いています。

いろはうた 

うつしよぬけて みとりなす
のへをまゐれは もゆるせん
さやにおほわた こかねそら
あめくゑひきえ いちろふむ

現世抜けて 緑なす
野辺を参れば 燃ゆる線
清に大曲 黄金空
叫く酔ひ消え 一路踏む

解説

現世(うつしよ)は「この世。げんせ。」、緑なす(みどりなす)は「木や草の葉が茂った。」、野辺は「野のあたり。野原。」、清(さや)は「(多く‘に’を伴って用いられる)はっきりとしたさま。」、大曲(おほわだ)は「川や湖岸の大きく湾曲した入り江。」、叫く(あめく)は「大声を出す。さけぶ。わめく。」、酔ひ(ゑひ)は「酔うこと。よい。」、一路は「(副詞的に用いる)寄り道せずにまっすぐに。ひたすら。」、踏むは「踏み歩く。歩く。」の意味です。

余談

この歌は「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX O.S.T」の中にある「Fish - Silent Cruise」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

意訳

この世を抜けて、草木が生い茂った野原を進んで行けば、燃えるような地平線、はっきりと映る清々しい入り江、そして黄金色に輝く空が見える。

その目が覚めるような光景を前にしたら、死後直後にあった、喚き叫ぶほどの取り乱した気持ちも消えてしまった。今はただ、この目の前の道をひたすら歩いていくのみだ。

雑感

見ての通り、死んだ後に進む世界をイメージして作ったものです。

「燃ゆる線」は、朝日或いは夕日に照らされた地平線をイメージしていますが、この「線」は、この世とあの世の絶対的な境目、という意味も強く含まれているように思います。

強いて言うなら、この地平線は夜明けの朝っぽい感じですが、同時に夕焼けっぽい感じもします。朝でも夕でもない、現世の枠組みだけでは計れない場所、だけれども、どこかで見たような清々しい光景、そしてなぜかとても懐かしい光景、という場所を指しているものと思われます。

死後直後、なぜ喚き叫んでいるほど取り乱しているのかというとおそらく、死ぬということは人にとっては初めてのことで、初めてのことは誰でも怖いからだと思われます。

また、生きている時には死後のことは解らない。人によっては死後などなく、死んだら終わりだ、と思っていたのに、自分の意識が死後も続いているという厳然たる事実に、錯乱して取り乱してしまう、ということかと思います。

しかしいずれは、そのことを受け入れざるを得なくなる。その部分を表現しているのが「緑なす野辺を参れば」の所。

緑(みどり)は縁(えん)に通じ、野辺は野原の意味の他に、火葬場、埋葬地の意味もあります。平たく言うと、死んだ後、縁がある人たちが集まってくれる自分の葬式を眺めながら、人によってはいろいろと後悔したり、また感慨深い気持ちになったりして、気持ちの整理をつけていく。

じゃあ、誰も葬式してくれない人はどうなるの、とも思ってしまいますが、本質的には葬式云々ではなく、生前の自分の縁を見ていくということかと思います。たとえば、心に残っている過去の場面を客観的に眺めて反省したり納得したり、過去に縁があった人の現在の姿を見てみたり、など。

そうしてあらかた整理がついた後、さて、自分はこれからどうしようか、となる。おそらくこの時、自分の生前の因縁(言葉・思い・行動)から得た心境によって、それぞれの行くべき世界が創造され、その世界に向けて旅立つものと思われます。

歌で詠われている光景は、そのような旅立ちの一つを描いているのだと想像します。

Posted on 2017/05/04 Thu. 03:00 [edit]

category: いろはうた

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