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花鳥風月

気ままに回文歌、いろは歌を書いています。

まわりうた 

うたいてに ひつくふうかて
  みなよきよ なみてかうふく つひにていたう

(宇内手に 日月風雅で 皆良き世 並みて幸福 終に帝道)

解説

宇内(うだい)は「天下。世界。」、月(つく)は「月(つき)。」、風雅は「高尚で、みやびな趣のあること。また、そのさま。」、並む(なむ)は「並ぶ。連なる。」、幸福は「満ち足りていること。不平や不満がなく、たのしいこと。また、そのさま。しあわせ。」終に(ついに)は「長い時間ののちに、最終的にある結果に達するさま。とうとう。しまいに。」、帝道(ていどう)は「帝王が国を治める道。仁徳を主とする政道。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「ウシワカ登場」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/06/27 Tue. 22:12 [edit]

category: まわりうた

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27

まわりうた 

きるつみの かむすさのをの
  みこととと こみのをのさす むかのみつるき

(切る罪の 神素盞嗚 尊とど 籠みの尾の刺す 無瑕の神剣)

解説

神素盞嗚尊(かむすさのおのみこと)は「素盞嗚尊のこと。」、とどは「《‘とどのつまり’の略》結局。しまいに。」、籠む(こむ)は「ぎっしり詰まる。混雑する。」、無瑕(むか)は「傷がないこと。むきず。」、神(み)は「霊的な力をもつものの意。‘山祇(やまつみ)’‘海神(わたつみ)’など他の語と複合して用いられる。」の意味です。

余談

この歌は、「大神 オリジナル・サウンドトラック」にある「妖怪退治」~「双魔神 モシレチク コタネチク退治」~「妖魔王キュウビ退治」~「ヤマタノオロチ復活」~「ヤマタノオロチ退治 其の一」~「ヤマタノオロチ退治 其の二」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

歌の内容は、見ての通りヤマタノオロチ退治伝説のものとなっている。特に、退治した後に尾っぽを切り刻んでいると、都牟刈之太刀(つむがりのたち)が出て来た、という部分にスポットを当てている。ちなみに都牟刈之太刀は草薙剣のことを指す。

まず、籠みは九(こ)の身(み)に通じて、八股に分かれている九つ大蛇の身の意味も含まれているように思う。

都牟刈之太刀(つむがりのたち)は頭(つむ)を刈る質(たち)と解釈したい。つまり何でも頭で考えて、損得勘定で考えるその根性を絶つということ。

逆から言うと、八岐大蛇はその質が怖いので、その太刀を飲み込んでいたわけだ。損得勘定で考えず、頭ではなく何事も肚(はら)で動いていく。頭が肚を従わせるのではなく、肚が頭を従わせている、そういう性質の者たちが。

しかし、その太刀を飲み込まれていたということは、そういう性質の者たちでさえ、八岐大蛇を退治できず、飲み込まれていったことを意味する。

だから最後は素盞嗚尊が退治することになったのだろう。

ツムガリのツムは積むに通じ、歌の最初の切る罪(積み)に通じて来る。これはこれまでいろいろと雑多に積まれた、様々な問題に決着を付ける、尾(最後)のとどめを刺すというニュアンスを感じる。

ちなみに霊界物語では都牟刈之太刀を下記のように記している。

『霊界物語 第15巻 如意宝珠 寅の巻 第2篇 古事記言霊解 第11章 大蛇退治の段』(「霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館」さん)
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm1511

八岐大蛇が洪水の比喩とかではなく、生存競争、弱肉強食といろいろと理屈を言いながら、実質強い者勝ちの世の中、共喰いしないと生きていけないような今の社会のシステムそのものだとすれば、それを退治するとは、そのシステムが一斉に停止することを意味する。

草薙剣はまた天叢雲剣と呼ばれる。これは天界で書き留められている業(カルマ)を取る剣と解釈されるそうだ。

結論から言えば、今の社会システムが一斉に停止するほどのカルマ返しが起こる、と解釈できる。それを通じて、損得ばかり考えて行動する人々が、今一度良心に立ち戻って生きて行く、ということなのかもしれない。

Posted on 2017/06/26 Mon. 22:35 [edit]

category: まわりうた

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26

まわりうた 

なかやみの とおりてかひの
  かむかせか むかのひかてり おとのみやかな

(長闇の 途降りて佳美の 神風が 無何の日が照り 乙の宮かな)

解説

途(と)は「道。道すじ。道のり。」、佳美は「りっぱで美しい・こと(さま)。」、無何(むか)は「‘無何有(むかう)’の略。作為がなく、自然のままであること。また、無我の境地。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「真スサノオ」を聴いて、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

ちょっと歌の意味がわからんです。

「長闇の 途降りて」とあるので、暗闇の中、坂を降っているのでしょう。無我夢中で降っていると、気付けば美しい神風が吹いてきて、日の光が照り、辺りの様子が見えて来た。そうすると「乙の宮」が見えて来た、ということかと思います。

だが、これがどういう状況での出来事なのかが、よくわからない。

全体的な流れを見てみると、今まで長く続いて来た闇の世が、いよいよその道を降って、もはやこれまでとなった時に神風が吹いて、日之出神と龍宮の乙姫様のそろい踏みとなる、とも読み取れるが、この解釈は半分願望も混ざっている。

日本では大分、長野と中央構造線上に近い所で中規模地震が起き始めているし、アメリカの一部では50度を超える気温すら出て来ているし、これはもはや異常気象や天変地異の域を超えて、地球自体がいよいよ危険水域に入って来た感がある。

最後は何とか大団円で終われたら、とも思うが、今までのやりたい放題好き放題の経緯もあるので、それはちょっと虫が良すぎるのかもしれない。

でも、そこを何とか……、と、神に祈りながら最善を尽くす以外に、もはや道は残されていないのかもしれない。

Posted on 2017/06/25 Sun. 22:31 [edit]

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25

まわりうた 

はかなみの みさくあまいろ
  ここのまの こころいまあく さみのみなかは

(儚みの 見放く天色 此処の間の 心今開く さ身の真中は)

解説

儚みは「マ行五段活用の動詞‘儚む’の連用形である‘儚み’、あるいは連用形が名詞化したもの。」、見放く(みさく)は「遠くを見る。はるかに眺める。」、天色(あまいろ)は「晴天の澄んだ空のような鮮やかな青色のこと。」、さ身(さみ)は「物の主となる部分。なかみ。」、真中(みなか)は「真ん中。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「真スサノオ」を聴きながら、下記記事をモチーフに書いた歌です。

『女の本能・神道と天皇(54)』(「ネアンデルタール人は、ほんとうに滅んだのか」さん)
http://d.hatena.ne.jp/HIROMITI/20170625

雑感

何となくだが、この「さ身」は寂しい(さみしい)のさみに通じる気がする。さ身のさは接頭語なわけだが、小(さ)、狭(さ)から来ているのだとか。

小さい身、狭い身が「~しい」、となって寂しいとなったようにも思う。同時にさびしいもあるが、こちらは錆(さび)から来ているのだそうだ。びは微細の微な気がする。小(さ)の微(び)が「~しい」となって動詞化したと感じる。

どちらにせよ、小さい微細な存在として自分を感じる、というニュアンスがさびしい・さみしいには含まれているように思う。

「儚みの 見放く天色」は、儚んで、遠くを見る天の色のこと。そしてその天の色に「此処の間の 心今開く」となるわけだ。

まあ何だかわかないけども、全てが儚く感じて、自分の存在もこのまま消えていったら良いのにと思って、遠くの天を見たら、そこに同じ儚さを感じて、あぁ!! と感じたということ。

このように、遠くに見る天の色と、此処の間の心とが今この瞬間の中で一致して、自然と心が開いていく。儚さで悶々としていたものが、一気に雲散霧消していく。

なぜなら、儚むことは自分だけだと思っていたのに、遠くに見る天の中にも、その儚みを見たからだ。こうして自分と天が通じる時、すでに自分という中身の真ん中にも、天の広がりを見てしまう。

このような感覚を感得した時「今ここ」しかないことを知る。今ここのど真ん中に、気付けば自分も入っているが、天もまたそこに存在しているということ。

Posted on 2017/06/25 Sun. 12:23 [edit]

category: まわりうた

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25

まわりうた 

すそんてる すきときらひと
  はいしよし いはとひらきと きするてんそす

(素尊出る 好きと嫌ひと 拝し良し 岩戸開きと 帰する天蘇す)

解説

素尊は「素盞嗚尊のこと。」、帰すは「最後にはそうなる。結果としてそうなる。」、蘇すは「生き返る。よみがえる。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「ウシワカ登場」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/06/25 Sun. 08:24 [edit]

category: まわりうた

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25

まわりうた 

かみかくら すやりかすみの
  きみかよか みきのみすかり やすらくかみか

(神神楽 すやり霞の 君が代が 御酒飲みすかり 安らぐ神が)

解説

神神楽(かみかぐら)は「‘かぐら(神楽)’に同じ。」、すやり霞は「大和絵、特に絵巻物で、横に長く棚引く霞。鎌倉時代以降、遠近感を与え、また場面を転換するために用いた。槍霞(やりがすみ)。」、君が代は「我が君の御代。特に、天皇の治世にいう。」、御酒(みき)は「酒の美称。また、神に供える酒。おみき。」、すかりは「すっかり。」の意味です。

※「すかり=すっかり」は、辞書にはないけれども、日月神示、火水伝文にその意味と思われる箇所があるため使用しています。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「太陽は昇る」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

「すやり霞」は場面を転換するために用いられているものでもあるので、この歌は時代が変わって、皆が宴をしているような嬉し楽しの世の中になった様を詠っているように思う。

個人的には、宴は歌(うた)と食(け)でウタゲと解釈したい。

誰もが食べることを、衣食住を保障されて、いつも歌を歌っているような気分で毎日を過ごせる、そんな世の中が早く来れば良いのになぁ、と毎日首を長くして待っています。

Posted on 2017/06/24 Sat. 16:40 [edit]

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24

まわりうた 

なかきよの やみさけなから
  よきかせか きよらかなけさ みやのよきかな

(長き夜の 闇裂けながら 良き風が 清らかな今朝 宮の良きかな)

Posted on 2017/06/23 Fri. 04:52 [edit]

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23

まわりうた 

ひのかみの いありきみいか
  いはのとの はいかいみきり あいのみかのひ

(日の神の 意在り君以下 岩の戸の 排開見切り 愛のみが伸び)

解説

日の神(ひのかみ)は「太陽神。天照大神(あまてらすおおみかみ)をさす。」、君は「国を治めている人。天皇。」、排開(はいかい)は「おしひらくこと。」、見切るは「全部見る。すっかり見る。」の意味です。

余談

この歌は、WAVEのアルバム「Citra re:verse -其歌は真言顕す欠片と為りて-」の中にある「天照大御神-AMATERAS SYSTEM-」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

Posted on 2017/06/23 Fri. 01:10 [edit]

category: まわりうた

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23

まわりうた 

なかやみの ふうときしいま
  くうのまの うくまいしきと うふのみやかな

(長闇の 封解きし今 空の間の 浮く真意識と 産の宮かな)

解説

産(うぶ)は「生まれたときのままであること。」「自然のままであること。また、できたときのままであること。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「ウシワカ登場」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

「心を無重力にする」というのが心に浮かんで、それに関する歌にしようと思ったのだが、意味がよくわからなくなってしまった。

歌をそのまま解釈すると、意識が空間の中に溶けだしている様相と、宮は身屋(みや)で、産なる肉体のことを指しているものと思われる。

つまり自分の体の中に意識があると思っている通常の感覚から、身体が空っぽになって、意識がその空間の中に溶けだしている感覚のことかと思われる。

「長闇」「産の宮」とあるので、たぶん産道を通って、この世に生まれた時の意識の様相を示しているようにも思う。

Posted on 2017/06/22 Thu. 22:16 [edit]

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22

まわりうた 

いそのへし ことにまとふと
  みきりけり きみとふとまに とこしへのそい

(五十述べし 言に真問ふと 見切りけり 岐美と布斗麻邇 常しへの素意)

解説

五十(いそ)は「ごじゅう。また、数の多いことをいう。」、真は「〔名詞・動詞・形容詞・形容動詞・副詞などに付いて〕完全・真実・正確・純粋などの意を表す。」、見切るは「ものをすっかり見てしまう。見終わる。」、常しえ(とこしえ)は「いつまでも続くこと。また、そのさま。永遠。永久。とこしなえ。」、素意(そい)は「かねてからの思い。日ごろの願い。本心。」の意味です。

余談

この歌は、WAVEのアルバム「Citra re:verse -其歌は真言顕す欠片と為りて-」の中にある「伊邪那岐命 -PROTO:IZANAGI-」~「伊邪那美命 -PROTO:IZANAMI-」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

自分で書いて置きながら何ですが、歌の意味がわかるようでわからんです。

岐美(きみ)は伊邪那岐と伊邪那美の神様のことだろう。

布斗麻邇(ふとまに)は下記HPによれば言霊学のこととある。

『布斗麻邇(ふとまに・言霊学)講座』(古事記の秘密とはあめつちの言霊学さん)
https://sites.google.com/site/ametutinokagami/wa/bu-dou-ma-er-futomani-yan-ling-xue-jiang-zuo

日月神示の下記部分も参考になるかもしれない。

『いやな事は我が血統に致さすなり、他人傷つけてはならんなり、ひふみにも二十@(ふとまに)、五十@(いづら)、いろはにも二十@(ふとまに)、五十@(いづら)、よく心得なされよ。何彼の事ひふみ、いろはでやり変へるのぢゃ、時節めぐりて上も下も花咲くのぢゃぞ。誰によらず改心せなならんぞ、この方さへ改心致したおかげで今度の御働き出来るのぢゃ、同じこと二度くり返す仕組ざぞ、この事よく腹に入れておいて下されよ。同じこと二度、この神示 神と仏のふで。』(青葉の巻 第七帖 @は原文では渦巻きの形)

『氷と水と水蒸気ぢゃと申してあろうがな、同じであって違ふのぞと知らしてあろう、地には地の、天には天の、神には神の、人民には人民の、動物には動物の、植物には植物の、それぞれの法則があり、秩序があるのであるぞ、霊界に起ったことが現界にうつると申しても其のままでうつるのではないぞ、また物質界が霊界に反影すると申しても其のままに反影するのではないぞ、総てが太神の中での動きであるから、喜びが法則となり秩序となって統一されて行くのであるぞ、それをフトマニと申すのぞ、太神の歓喜から生れたものであるが、太神もその法則、秩序、統一性を破る事は出来ない大宇宙の鉄則であるぞ、鉄則ではあるが、無限角度をもつ球であるから、如何ようにも変化して誤らない、マニ(摩邇)の球とも申すのであるぞ。その鉄則は第一段階から第二段階に、第二段階から第三段階にと、絶えず完成から超完成に向って弥栄するのであるぞ。弥栄すればこそ、呼吸し、脈拍し、進展して止まないのであるぞ。このこと判れば、次の世のあり方の根本がアリヤカとなるのであるぞ。』(碧玉の巻 第十八帖)

『百は九十九によって用(ハタラ)き、五十は四十九によって、二十は十九によって用(ハタラ)くのであるぞ、この場合、百も五十も二十も、天であり、始めであるぞ、用(ハタラ)きは地の現れ方であるぞ、フトマニとは二十の珠であり、十九は常立であるぞ、根本の宮は二十年毎に新しく致さねばならん、十九年過ぎて二十年目であるぞ。地上的考へ方で二十年を一まわりと考へてゐるが、十九年で一廻りするのであるぞ、いろは(母)の姿見よ。』(碧玉の巻 第十九帖)

『今の学者には今の学しか判らん、それでは今度の岩戸ひらきの役にはたたん、三千世界の岩戸ひらきであるから、少しでもフトマニに違ってはならんぞ。廻りくどいようなれど【とつぎ】の道から改めなされよ、出舟の港は夫婦からぢゃと申してあろう、ミトノマグハヒでなければ正しき秩序は生れんぞ、素盞鳴命が、荒ぶる神、悪神ではなく、人民の罪を背負って下さる救ひ主の大神であることが判らねば、岩戸はひらけんぞ。新しき世界の宮は土地(神智)(十千)であるぞ、住所(数真意)(すまい)であるぞ、永遠に在(おわ)す神は住む(澄む、数務)土地(十千)であるぞ、下には永遠の腕(宇丁)(うで)があるぞ。』(極めの巻 第二十帖)

『フトマニとは大宇宙の法則であり秩序であるぞ、神示では012345678910と示し、その裏に109876543210があるぞ、○九十(マコト)の誠であるぞ、合せて二十二、富士(普字、不二)(フジ)であるぞ。神示の始めに示してあろう。二二(富士)は晴れたり日本晴れぞ。』(至恩の巻 第二帖)

『七は成り、八は開くと申してあろうが、八の隈(くま)からひらきかけるのであるぞ、ひらけると○と九と十との三が出てくる、これを宮と申すのぞ、宮とはマコトのことであるぞ、西と東に宮建てよと申すこと、これでよく判るであろうが、マコトの数を合せると五と五十であるぞ。中心に五があり、その周辺が五十となるのであるぞ。これが根本の型であり、型の歌であり、型の数であるぞ、摩邇(マニ)の宝珠(タマ)であるぞ、五十は伊勢であるぞ、五百は日本であるぞ、五千は世界であるぞ、このほう五千の山、五万の川、五億のクニであるぞと申してあろうがな。』(碧玉の巻 第五帖)

Posted on 2017/06/21 Wed. 19:03 [edit]

category: まわりうた

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