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花鳥風月

気ままに回文歌、いろは歌を書いています。

まわりうた 

もともとす いはとひらきし
  たたのよの たたしきらひと はいすともとも

(元戻す 岩戸開きし 只の世の 正しきラビと 拝す共々)

解説

只(ただ)は「代金が不要なこと。無料。無償。ロハ。」、ラビは「〔元来ヘブライ語で‘我が主・先生’の意〕 ユダヤ教の聖職者。律法に精通した霊的指導者の称。歴史的に、すぐれた学者も多い。」、拝すは「頭を深くたれて敬礼する。おがむ。」、共々は「一緒に同じ行為をするさま。どちらも同じ状態であるさま。そろって。ともに。」の意味です。

余談

この歌は「大神 五重之音調」の中にある「ウシワカ登場」を聴きながら、下記記事を読んで、それをモチーフに書いた歌です。

『現在の日本について 同じこと二度ある仕組み』(日之本研究ホームページさん)
http://spiralhinomoto.web.fc2.com/hinagata/genzai.html

雑感

歌の内容は、岩戸を開いた後の全てが無料の世で、正しき信仰を持ったラビと共に、神様を拝む、というもの。

下記参照。

「山彼方 海の地の岸 霞止み 清しき後の 神歌流れむ」
http://uresitanosi123.blog.fc2.com/blog-entry-1220.html

「真祈る場 言霊が治す 元の気の 点す地がまた 常春の今」
http://uresitanosi123.blog.fc2.com/blog-entry-267.html

あまりユダヤ教のこと、特にラビと呼ばれる人々がどういう人達なのか、よく知らないのだが、昔、下記ラビの人が書いた本をちらっと読んだ時に、この世界観はとても神道的であり、まるで神道というものを裏から捉えているに過ぎないのではないか、と思ったことがある。

『なぜ私達ユダヤ人は優秀なのか』

題名こそ挑発的だが、書かれている内容は非常に柔軟的であり、また、その文体からはもの凄いまでの謙虚さと聡明さを感じた。仏教の輪廻転生についてや、キリスト教とユダヤ教の立ち位置の違いなど、他の宗教との違いなども明らかにしつつ、ユダヤ教はこういう宗教です、ということが、とてもわかりやすく書かれてあった。

もちろん、ここでいう謙虚さというのは、神様の信仰への謙虚さであり、その謙虚さから「隣人愛」へと発展しているように見受けられる。文中で、キリスト教は愛の宗教で、ユダヤ教は律法の宗教だと思われるかもしれないが、そうではないと書かれてある。

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 ところで、皆さんはキリスト教は愛を説きユダヤ教は律法を説く宗教であると思われているかも知れませんが、それは正しい理解ではありません。
 ユダヤ教は、まず第一に神の愛を説き、そして、憐れみを説いています。ユダヤ教がこれらのことを説いたのは、キリスト教がそれを説いたずっと以前のことです。

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ユダヤ教には「選民思想」というものがあって、日本では差別的な意味で取られていることが多いと思うが、どうやらそこの部分も誤解があるようだ。

本の中でも、ユダヤ教が他の宗教より優れているわけではない、と書かれてある。ユダヤ教はユダヤ人にとってもっとも優れている宗教ではあるが、それはキリスト教徒にとってキリスト教が一番優れているのと同じであり、イスラム教徒にとってイスラム教が一番優れているのと同じだ、という旨のことが書かれてある。

だいたい耳にするユダヤ教の「選民思想」のイメージは、自分たちは神様から選ばれたので、他の人は人間扱いしなくていい、奴隷にしていい、というものだが、書かれている内容からのイメージでは、ちょうど、留守にしている両親の言いつけを守って、精一杯幼い弟や妹のめんどうを見ようとする長男長女という感じを受ける。

文中でも、‘平等’について書かれた後に、こう書かれている。

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 さて、この全ての人は平等であるという考えと同時に、ユダヤ人には、自分達が神から特別に配慮して頂いている、特別に愛されている民族であるという考え方があります。
 しかし、だからといって他の民族が神に配慮されていないとか、ユダヤ人は特別で、他の民族はそれよりも低い地位にあるということではありません。
 またこれは、かつてのドイツのナチスが抱いたような思想ではないので、ユダヤの民族が、他の民族よりも優秀であるので、彼らを奴隷にしたり、殺したりしても構わないというような考えに到ることはありません。
 この考えが意味するところは、神はただ御一人であり、全宇宙の支配者であるということにユダヤ人が最初に気づいたということです。

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「選ばれた民族」という自負は確かにあるだろうが、その思想や行いが、世界万国にとって受け入れがたい偏狭的、盲目的、かつ一方的なもの、ということはもちろんなく、むしろ一家(世界)に対して大変な責任を持っているように感じる。

そしてここが肝心な所だが、家の留守を任されている長男長女が、幼い弟や妹を人間扱いせずに、奴隷のように扱っていたら、いざ両親(神様)が帰って来たとき、どう申し開きをするだろうか? ましてや両親(神様)を慕う良き長男長女であれば、そんなことをするはずがない。

日本の神道も、大日本帝国が推し進めた「国家神道」から、大本教・黒住教・金光教などの「教派神道」まで幅広い。おそらく外国人から見れば、これらは同じ「SHINTO」に映って、その違いが中々分かりにくいように、ユダヤ教もいろいろな考え方があるということは念頭に置かなければならないように思う。

そしておそらく、ユダヤ教などろくに知らない私でも、うなずける上記の主張こそが、比較的オーソドックスで、かつ正統的なユダヤ教の考え方ではないかと思われるのである。つまり、国や民族の枠を超えて、お互いに肯定できる内容というのは、誰にでも受け入れられる内容というのは、より普遍的な内容である可能性が高い、ということである。

その上で思うのが、とても神道に似ているのである。

たとえば、神道は八百万の神様で多神教、一方ユダヤ教は一神教なわけだが、一神教なので、生活のあらゆる場面が神様の現れ、という見方をするそうだ。つまり何でもかんでも神様の現れと見ると。これは、何でもかんでも神様と捉える多神教的な考え方と、本質的には同じではないだろうか。

またこんなことも書かれている。毎日の祈りに「発せられた言葉に祝福があり、世界が現れた」というものがあるそうだ。これは、神様は言葉で世界を創造された、という意味の聖書の記述からだろうが、これに倣って、人も言葉で愛を創造出来ます、人の気持ちを変えることが出来るのです、と書かれてある。

たとえば、朝「おはようございます」と、一言声をかけるだけで、気持ち良い朝が迎えられるかもしれない、というような旨のことが書かれている。

もしかしたらその人は、友達がいない人なのかもしれない、昨夜は楽しいことがなかったのかもしれない、奥さんと喧嘩したかもしれない、でもその一言で、その人の朝を気持ちのよいものに変えられるかもしれません、というようなことが書かれてある。

これは神道でいうところの、言霊の思想に通じるものを感じる。

その他には「人は神の分霊(わけみたま)」という神道の考え方と、非常に似たような考え方が書かれている部分もあった。要するに、この天地に神以外のものはなく、それ故に、私たちの存在の根源にも神様が居るのだから、その神様の御意志を汲み取って、これを実現していかなければならない、ということかと思う。

これは奇しくも、大本(教)の「神は万物普遍の霊にして人は天地経綸の主体なり」に通ずるものがある。また「全ての偉大な宗教の根本の教えは同じである」とも書かれており、これも出口王仁三郎聖師が言っていた万教同根の主張とかぶる。

神道に限らず、普通に受け入れられる話も多い。たとえば幸福観については、このようなことが書かれてある。

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 今日のような世の中では、私達はいつも他人と比べて自分が幸せでないと感じてしまいます。自分が今持っているもので満足することなく、たとえば、隣の人が自分よりいい車を持っていればうらやましがり、テレビを四台も持っていると聞けば自分もそうしたいと思い、いつも何かを欲して、いつも満ち足りていないように思ってしまいます。
 本当に幸せで富める者というのは、お金を沢山持っている者ではなく、自分が今持っているものに満足し、自らの手を労して生計を立てている者であり、その人の幸せはこの世から、さらに来るべき世界にも及ぶものである、とベンゾーマは説いているのです。

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これなどはまさしく、老子の「足るを知る者は富む」の言葉そのものではないだろうか。

さらに、ユダヤ教を知る上で重要なファクターである‘メシア’についても、このように書かれてある。

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 私達はずっとメシアという人物が現れるのを待っていました。しかし、待っているのは人物ではなくて、理想的な時代なのだと考える人達が出て来ました。私達は神がどんな世界をお望みかということを『トーラー』から学ぶことが出来ます。メシアが現れて、その人を私達がそうだ認めるのではなくて、いつの日か争いがなくなり、全ての民族が平和に共存し、互いを気遣い、物を分け合うというような、神の御意思が実現した世界が現れた時、また、ユダヤ人が故国を再建して二度と世界中に離散しなくなった時、その時に私達はメシアの時代が到来したと知るのです。
 今日では、多くのユダヤ人はメシアが一人の人間だと必ずしも信じてはいません。また一方で、全てのユダヤ人がメシアという考えを受け入れているわけではありません。しかし、私達は、その時が来ればメシアの時代が到来したと分かるでしょう。そして、その時が現れているのを待っているのです。

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このメシア観は非常に素朴で、ユダヤ教という枠組み以前に、大いに頷けるのではないだろうか。

前置きが長くなってしまったが、モチーフにした記事の補足を書いてみたいと思う。

簡潔に説明すると、戦前、大本という宗教が興(おこ)ったが、この宗教は一つの大きな型を残したと言われている。

下記参照。

『雛型経綸とは タテ三段、ヨコ三段の転写』(日之本研究ホームページさん)
http://spiralhinomoto.web.fc2.com/hinagata/hinagata.html

『大本と日本の対比 大本=世界の雛形!?』(日之本研究ホームページさん)
http://spiralhinomoto.web.fc2.com/hinagata/taihi.html

詳しくは上記の通りだが、大本に起こったことが、時間を置いて日本にも起こり、そしてそれは世界にも波及していくという考え方のことである。そして、この流れは現代の日本にも続いていると見てよい。

現代の日本については、下記参照。

『現在の日本について 同じこと二度ある仕組み』(日之本研究ホームページさん)
http://spiralhinomoto.web.fc2.com/hinagata/genzai.html

こちらの記事で強調されているのが、リンク「その1」「その2」でも詳しく紹介されているように、金本位制への復帰による日本の破滅である。

下記参照。

『デフレで滅んだ戦前の日本(前編)』(とある歴史好きオヤジの戯言さん)
http://blog.livedoor.jp/archon_x/archives/2466947.html

『デフレで滅んだ戦前の日本(後編)』(とある歴史好きオヤジの戯言さん)
http://blog.livedoor.jp/archon_x/archives/2488245.html

翻って現在、日銀の「異次元の金融緩和」による国債の大量買い上げが行われている。

結論から言うと、どこかの時点で、現在使われている金融制度が世界的な破たんの兆しを見せて、その制度の受け皿として、世界中で金本位制の復活の声があがってくるのではないか、ということだ。

その時はもちろん日本も他人事ではなく、むしろ世界の金融システムの破たんの最先端を行っているのが日本だ、という状況もあり得ないとは言えない。

たとえば、どこかの時点でアメリカの株価が大暴落して、それに伴い日本の株価も暴落する。当然、日銀が大量に保持しているETFも暴落し、結果、日本国債の最大の買い手である日銀が破たんするのではないかとの憶測から、日本国債も暴落する。

もちろん政府としては、日銀に資本注入を行って安定化を図ろうとするだろうが、しかしそれとて、さらなる国債の発行か増税で賄うしかない。増税しようとすれば国民が反発するし、その状況下の元、さらなる国債の発行をすれば、金利上昇をさらに押し上げる要因になってしまう。かといって、その国債を直接日銀に引き受けてもらうとなれば、今度は円の信用が揺らいで、急激な円安になってしまう恐れが出て来る。

このように、日本と似たようなことが各国の中央銀行で起こり、世界同時の通貨危機となれば、世界中の資金がどこに向かうかと言えば、やはりゴールドではないだろうか。こうしてゴールドの急激な価格上昇と共に、金本位制復活の声が上がってくるように思う。

しかし日月神示では、悪神は金(きん)で世の中を潰す、と書かれてある。

『金(きん)では治まらん、悪神の悪では治まらん、ここまで申してもまだ判らんか、金では治まらん、悪の総大将も其の事知って居て、金で、きんで世をつぶす計画ざぞ、判ってゐる守護神殿 早う改心結構ぞ、元の大神様に御無礼してゐるから病神に魅入られてゐるのぢゃぞ、洗濯すれば治るぞ、病神は恐くて這入って来られんのぢゃぞ、家も国も同様ざぞ。神示幾らでも説けるなれど誠一つで説いて行(おこな)って下されよ、口で説くばかりではどうにもならん、魂なくなってはならん。』(梅の巻 第二十六帖)

一方、このような記述もある。

『【ヽ(テン)忘れるなよ】。世を捨て、肉をはなれて天国近しとするは邪教であるぞ。合せ鏡であるから片輪となっては天国へ行かれん道理ぢゃ。迷信であるぞ。金で世を治めて、金で潰して、地固めして みろくの世と致すのぢゃ。三千世界のことであるから、ちと早し遅しはあるぞ。少し遅れると人民は、神示は嘘ぢゃと申すが、百年もつづけて嘘は云へんぞ。申さんぞ。』(黄金の巻 第五十九帖)

『神の世と申すのは、今の臣民の思ふてゐるやうな世ではないぞ、金(きん)は要らぬのざぞ、お土からあがりたものが光りて来るのざぞ、衣類たべ物、家倉まで変るのざぞ。草木も喜ぶ政治と申してあらうがな、誰でもそれぞれに先の分る様になるのぞ。お日様もお月様も海も山も野も光り輝いて水晶の様になるのぞ。悪はどこにもかくれること出来ん様になるのぞ、ばくち、しょうぎは無く致すぞ。雨も要るだけ降らしてやるぞ、風もよきやうに吹かしてやるぞ、神をたたえる声が天地にみちみちて うれしうれしの世となるのざぞ。』(天つ巻 第二十帖)

今の貨幣制度が潰れるとなった時、悪神が用意した金本位制に乗っかって、さらなる破滅へと向かう道のりを確定させるのではなく、ここで打ち止めにして、何もかも与えっぱなしの無料の世、只の世の型を何としてでも出して、晴れてミロクの世に移行させたい所である。

若干古いが、下記記事によると、2018年には国債発行残高のうち日銀が保有する割合は50%を超える、とある。御承知の通り、現在既にその保有率は40%を超えているので、50%を超えるのは、もはや時間の問題と思われる。

記事参照。

『ジョジョの奇妙な黒田バズーカ~イカサマは2018年にバレるんだぜ…=東条雅彦』(MONEY VOICEより)
http://www.mag2.com/p/money/13914/amp

ちなみに記事の中で「17~18年には流動性低下の弊害が出てくる」とあるが、実際に今月初めにも、およそ1日半に渡って新発10年国債国債取引が成立しなかったとのニュースが出てきている。

『新発10年国債、売買成立せず』(朝日新聞デジタル)
http://www.asahi.com/articles/DA3S12919430.html

これまで日銀は国債を高値で買い取りしてきたので各金融機関も売って来たが、もう売りつくしてしまって、実質売る国債がほとんどなくなって来ている。にも関わらず、日銀は「2%のインフレ目標」のために、今後も国債を買い続けていく予定となっている。

結局、国債を買うのをやめた途端、金利が上がる可能性が出て来るので、買うのをやめられない。むしろ、これまで買い取った国債をどこかで売らなければならないわけだが、売ると、それもまた金利が急激に上がる恐れがあるので、売るに売れない。

金利が1%上がるだけで、日銀の保有する国債の評価額が20数兆円の含み損を抱えてしまうので、ここまで来たら、もうどんどん保有比率を上げるしかない。

記事参照。

『黒田日銀の「永久緩和」が引き起こす日本財政破綻、衝撃のデータ=東条雅彦』(MONEY VOICEより)
http://www.mag2.com/p/money/161465

まるで薬の大量投与のように、最初は痛みを和らげるために使っていた薬も、もはや使いすぎて、その薬を常時、しかも大量に打たなければ、痛みに耐えられないという状況になりつつある。そして当初に比べて、その薬の量を増やしても、さほど効果が得られなくなっている。

日本経済の破たんも恐ろしいが、その後に来る金本位制はもっと恐ろしいものになるはずだ。おそらく、あの日本はもう二度と立ち上がれない、と誰もが思うほどに潰れる結果となるに違いない。

くどいようだが、目先にありありと破滅が見えて来た今、日本はここで気持ちも頭もサッと切り替えて、税金を全く取らない上で、何もかも無料で与えっぱなしのやり方にいち早く移行させるべきだ。

なぜなら、それが日本の国を立て直す道になるのみならず、世界を救う一つの大きな型となるからだ。

そしてそれは同時に、ユダヤのラビが望む「いつの日か争いがなくなり、全ての民族が平和に共存し、互いを気遣い、物を分け合うというような、神の御意思が実現した世界」を顕現させるに至る道でもあるからである。

再び下記参照。

「山彼方 海の地の岸 霞止み 清しき後の 神歌流れむ」
http://uresitanosi123.blog.fc2.com/blog-entry-1220.html

「真祈る場 言霊が治す 元の気の 点す地がまた 常春の今」
http://uresitanosi123.blog.fc2.com/blog-entry-267.html

ぶっちゃけ日ユ同祖論については、私はどうでもいい話だと思っている。日本とユダヤの祖先が同じだとして、それが一体何だというのだ。大事なのは、日本にせよユダヤにせよ、どのような善い活動ができるかだと思う。

ただ、日本が晴れて、税金を取らない何もかも無料の社会制度をつくり上げ、国民の誰もが何もかもてんし様に捧げるようになったときには、世界中の敬虔なユダヤの人々は、このやり方をメシアの時代を迎えるにあたって理想的な社会制度だと注目し、同じやり方を世界中で進めていくようには思う。

結果的に、日本で行われる「日の光の政治」の型は、世界中に散らばるユダヤ人達によって宣伝され、広められることにより世界に転写し、最後はこれらユダヤ人たちの手によって、見事この世に地上天国が出来上がるのではないか、との思いは、やはり頭の片隅に残しておきたい。

Posted on 2017/05/16 Tue. 07:41 [edit]

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