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花鳥風月

気ままに回文歌、いろは歌を書いています。

まわりうた 

なかやみの かすかなるみち
  たたくしく たたちみるなか すかのみやかな

(長闇の 幽かなる道 ただ奇しく 直路見る中 須賀宮かな)

解説

奇し(くし)は「神秘的である。不思議である。」、直路(ただじ)は「まっすぐな道。」「正しい筋道。正道。」の意味です。

余談

この歌は、「大神 オリジナル・サウンドトラック」にある「ヤマタノオロチ退治 其の一」~「ヤマタノオロチ退治 其の二」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

ふと湧いて来た歌です。

調べてみると「須賀宮」(すがのみや)は古事記に出て来ることが判ったのだが、具体的にどこを指すのかちょっとよくわからない。清々しい宮で清の宮という意味で受け取ればよいようにも思う。

或いは主賀(すが)として、主神のお出ましを賀する御屋(みや)という意味でもあるのかもしれない。

また別の視点で見ると、長闇は長い八つの身で、ヤマタノオロチのことかと思われる。長はナーガ(蛇)にも通じる。

「幽かなる道」は幽界の道のことかと思われる。

だから「長闇の 幽かなる道 ただ奇しく」は、ヤマタノオロチが敷いた幽界の道は、ただただ不思議で奇妙なので、迷いやすいという意味か。しかしその中でも正しい筋道を見ることによって、目の前に須賀宮が見える、ということかと思う。

おそらく、幽界的な力を手に入れるよりも、神への素直な信仰こそが、正しく神へと至る一番遠くて近い道なのだ、ということを、この歌は言いたいようにも感じる。

逆に言うと、神への信仰を持つというのは、暗闇の幽かなる道を歩いているようなものだ、ということでもあるようにも思う。なにせ、いるかどうかもわからない神を信仰するのだから、中々その実態はつかみにくい。しかしながら、自らの内に信仰があれば、それは不可能なことではなく、その信仰の中に、はっきりと神の姿が見て取れるようになる、ということかと思う。

Posted on 2017/07/29 Sat. 15:56 [edit]

category: まわりうた

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