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花鳥風月

気ままに回文歌、いろは歌を書いています。

まわりうた 

かなしみを みかへしことく
  たまはらは またくとこしへ かみをみしなか

(悲しみを 見返し孤独 給はらば 全く常しへ 神を見し中)

解説

全し(またし)は「完全である。欠けたところがない。まったい。」、常しえ(とこしえ)は「いつまでも続くこと。また、そのさま。永遠。永久。とこしなえ。」の意味です。

余談

この歌は、ヴァネッサ・メイさんのアルバム「レッド・ホット」の中にある「Toccata and Fugue in D Minor, BWV 565」(トッカータとフーガ ニ短調)を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。ゲーム「luv wave」の中でも、このバッハの曲は使われていたので、それも意識しています。

雑感

luv waveをしていて思ったのが、まあとにかく神は、とんでもなく孤独らしいということだ。

それは、全ての全てを永遠なる時間と無限なる平行空間が交差している座所から黙って見つめ、この世のありとあらゆる存在の感情を、共に味わっているためだ。

人の身としては、悲しいことや辛いことがあると、とても孤独になって、神の存在について問うてしまうものだが、むしろその孤独の状態こそが、神としての在り方に一番近い状態なのだと思う。

古事記でも聖書でもそうだが、混沌から神が生まれる、或いはすでに神が存在してしまっている、という所から始まっている。

古事記冒頭。

『宇宙の始まりは混沌としていて、ハッキリとしていませんでした。そこに世界を成す根元が固まってきたのですが、まだまだ名づけようもない状態でした。しかし天と地が別れるとアメノミナカヌシ神・タカミムスビ神・カミムスビ神が産まれて世界が始まりました。』

聖書冒頭。

『初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。』

私達が、気付けばこの世に生まれ出てしまっていたように、神も混沌から生まれ、そして世界を創造していった。何もない無の世界から万物を生み出していったわけだが、なぜそんなことをしたのか。

あえて言うならば、命の情動に従って必然的にそうなった、ということだろうが、そうだとしても、孤独ではなかったのだろうかと思う。

いやむしろ、とんでもない孤独の中に居たので、半ば無意識的に世界を創造していったのではないか、とさえ思う。

そしてそれは、未だ見ぬ人々と出会うために、今ここにいる私やあなたと出会うために、創造をしていったのだと考えると、中々感慨深いものがある。

つまり神は、私やあなたとただ出会いたいが為に世界を創造したのではないか、ということだ。

時々自分という存在が、神が頭の中で想像した空想上の人物に過ぎないのではないか、と思う時がある。まるで、本や映画の中の架空の人物のように。

だが、その想像は想像のみに終わらず、最後は創造され、現実のものとなる。最期の時、私達は聖書でいうところの「新しい天と新しい地」に行くことによって、空想上の人物から、現実に存在する人物へと転換されるのだ。

このようにして、私達は全く新しい天地で神と出会うのだ。

Posted on 2017/08/17 Thu. 07:54 [edit]

category: まわりうた

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