09 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 11

花鳥風月

気ままに回文歌、いろは歌を書いています。

まわりうた 

なかきよの いはのとひらく
  すめかみか めすくらひとの はいのよきかな

(永き代の 岩の戸開く 皇神が 召す座人の 拝の良きかな)

解説

皇神(すめかみ)は「神を敬っていう語。すべかみ。」、召すは「そばにお招きになる。」、お招きになってある役職につかせる。また、任ずる。」、拝(はい)は「頭を下げて敬礼すること。おがむこと。」の意味です。

雑感

座人(くらびと)という言葉は辞書には無いが、湧いて出て来たので、そのまま出すことにする。座人(ざにん)という言葉ならあって、こちらは「座に加わっている人。座衆。」の意味になる。

歌の意味としては、皇神によって弥勒の世に招かれて、その世界に居る人、というような感じになる。

だが、この「座人」には、別の意味も含まれているように思う。

岩戸が開かれるとは、弥勒の世になることと同義ではあるが、別の視点から見てみると、今までのように、一人の人にいくつもの神がかかっていた状態から、かかる神が固定される、ということを意味するように思う。

今までであれば、邪悪な心の状態であれば邪悪な神様が、綺麗な心の状態であれば綺麗な心の神様が、時と場所によってかかっていて、一人の人でも、状況によって善悪がかわって、いろいろな状態の変化があった。

神界に霊線がつながっている時もあれば、幽界に霊線がつながっている時もあった。

しかし、この度三千世界が大掃除されるがゆえに、人にかかる神様自体も淘汰される事態になっているので、神様からすれば、誰か人にかからなければ、自分が消滅していく可能性すら出て来た。

そうして、最後は独りの人に独りの守護神がついて、弥勒の世では一体として動くということになるのだ。

これまで数ある神示神典が「身魂を磨け」を言ってきたのは、このためと思われる。

たとえがちょっと変かもしれないが、これはちょうどポケモンのバトル大会のようなものだ。

今まではポケモントレーナーとして、いろいろなポケモンと出会って、その中から好きなタイプのモンスターを選んで育てて、レベルを上げたり、新しい技を覚えさせたりして来たが、大会ではそこに出せるポケモンの数は決まっているので、否が応でも今の自分の立ち位置が固定されるということだ。

そして大会では、これまで自分が培ってきた以上の自分にはなれない。

他の人の持っている、あの強いポケモンが欲しいと、どれだけ思ってもそれは手に入らない。しかし、その姿に憧れ、それと同じポケモンと出会って、自分の手で育てることは出来る。否、今までは出来た、というわけだ。

まあ何にせよ、その時が間近に迫っていることは確かだと思う。

Posted on 2017/08/19 Sat. 07:33 [edit]

category: まわりうた

TB: --    CM: --

19