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花鳥風月

気ままに回文歌、いろは歌を書いています。

まわりうた 

もんてしる まとまたちつく
  をはりなり はをくつちたま とまるしてんも

(門で知る 真と魔質付く 終はりなり 破屋地球 止まる自転も)

解説

門は「物事が出入り、また経由する所。」、質(たち)は「人の生まれつきの性質・体質。」「その事柄の性質。」、破屋は「こわれ破れた家。あばらや。」、地(つち)は「地球の陸地の表面をおおう物質。風化した岩石の細かい破片、生物の遺骸およびその腐敗物、微生物などよりなる。土壌。」「地球の表面。地上。大地。地面。古くは天あめに対して地上界をさす。」、自転は「天体がその内部にある軸の周りを回転運動すること。」の意味です。

余談

この歌は、下記動画を見ながらそれをモチーフに書いた歌です。

「【巡音ルカ】 劇場 【オリジナル曲】」

雑感

個人的に、明日の日付にはちょっと注目している。なぜなら9月18日は九十八(ことは=言葉)に通じるからだ。

と言っても、この日付は毎年来る。なぜ今年だけ気になるのかというと、2017にも意味を感じるからである。

二千十七は「二千(にせん)十(と)七(なる)」で「二線と成る」と読める。

大本神諭や日月神示では、かねてから善と悪が分かれる、と言われてきたが、明日を境にそれが起きて来るように感じる。つまり、善と悪の二つの線に分かれて、それらはもう永遠に交わらない、ということだ。

今までは玉石混交で真と魔が入り乱れていたが、その真と魔がきっちり分かれる気がするのである。そして真と魔の間には、ある種の蓋。境界線。神話的にいうと岩戸が出来るように思うのである。

そして二千十七は、また「二千(ふたせん)十(と)七(なる)」でもあって、これは「蓋せんと鳴る」とも読める。

意味としては、その境界線に蓋をしようと鳴る、という意味になる。この鳴るというのが、地球規模で言うならば天変地異であり、個人的な範囲で言うならば、それぞれが大切にしているものを、自分で選択していく、ということになる。

もちろん、これまでも天変地異は幾度となくあったし、各々自分の人生の行く末を、その場その場で選択して来ただろうが、今までとさっぱり違うのは、その場が玉石混交ではなくなる、ということだ。

善と悪の世界がばっさりと分かれれば、善人の世界は善人ばかりとなり、悪人の世界は悪人ばかりとなる。

善人のみの世界では、当然争いは起こらず、もう悪人に騙されたり、痛めつけられることもなくなる。それどころか、何かあれば周りが助けてくれるし、また自分も助けようとする。

結果、周りに敵はどこにも居らず、安心立命で暮らせるようになる。

一方悪人のみの世界では、とにかく自分の力しか頼れなくなるので、幸せになろうと思うと、相対的に他人を蹴落としたり、殺したりするしかなくなる。

結果、今まで以上に争ったり、騙し合いが起きる。恐ろしいのは、その世界では、今までのように善人がさっぱり居ないということだ。

見るからに世間知らずで騙しやすそうな相手とか、いかにも気弱でいじめやすそうな相手とか、そういうカモに見える人々が一人も居なくなるのである。それどころか、今まで自分の知らなかった、もっと大きな悪の力を知ることになる。

その大きな悪の力の前では、自分こそが世間知らずで騙しやすそうな相手であり、自分こそが気弱でいじめやすそうな相手となってしまう。

さらに恐ろしいのは、今までは人の内側に神様が居たので、どんな悪人にせよ「良心」というものがあって、一旦悪を為しても、そこで後悔したり反省したりすることが出来たが、もうそれが一切なくなる所である。

なので、その世界では、もはや中途半端な悪をやっていては、コロっと騙されたり、すぐいじめられたり、殺されたりするので、どこまでも悪を強くするしかなくなる。

そこで初めて気付いて後悔して善に戻ろうとしても、もう遅いのである。その世界では善人は一人も居ないし、良心を持った人も一人も居ないのである。

だから二千十七は「二千(ふせん)十(と)七(なる)」でもあって、「不戦と成る」年でもあるのだ。

ハルマゲドン的に善と悪が最終戦争を起こすのではなく、善と悪は自然に二つの線に分かれて、戦いは起こらず、永遠の別れとなるのである。

日月神示で「負けが勝ちぞ」(青葉の巻 第十四帖)とあるが、最後は負けた状態が一番勝っていた状態であることに気付くのである。

今まで人のためにと思って良いことをしても、何一つ自分に利することがあるわけでもなく、逆にそれが仇となって、人からつけこまれたりして、何も報われない、と嘆いていた、まさにその状態こそが、一番の最良の自分をつかみ取っていることになっている、ということも、場合によってはあるわけである。

続いて歌の解釈に移ろうかと思う。

「門で知る」は、今まさに開かんとする門の前で知る、という意味かと思う。

門はモ(百)のン(无)であって、完成する最後の瞬間、というようなニュアンスを感じる。

「真と魔質付く 終はりなり」は、真と魔、そのどちらかの性質が付く終わりの時だ、ということ。これが一旦付くと、もう永遠に覆らない。

これから永遠を生きて行く自分に真神が懸かるのか、それとも魔神が懸かるのか、その決着の時だということ。

「破屋地球」は、地球があばら家となる、ということで、とても人が住めるような環境ではなくなる、という意味になる。

ちなみに下記ブログでは、良心神に従う人々は新しい地球に移行して、そうでない人々は、今の地球の地下に王国を作って過ごす、と書かれてある。

『第××章 Xデー 最後の審判・世の大立替・天の岩戸開けは本当にあるのか?  その3』(「人に内在する良心神(神言会)」さん)
http://kamikotokai-b.jugem.jp/?eid=462

ついでに、この動画も参考になるかもしれません。

『もしも地球の自転が止まったら?』(you tubeより)
https://www.youtube.com/watch?v=p0HowKZm78Y

Posted on 2017/09/17 Sun. 12:33 [edit]

category: まわりうた

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