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花鳥風月

気ままに回文歌、いろは歌を書いています。

まわりうた 

まいのちの ゆつりてきつく
  ほとりあり とほくつきてり つゆのちのいま

(真命の 移りて気付く 熱りあり 遠く月照り 露の地の今)

解説

移る(ゆつる)は「時間が経過する。うつる。」、熱り(ほとり)は「熱くなること。熱気をおびること。熱さ。」、露は「空気中の水蒸気が地面近くの冷たい物体の表面に凝結して水滴となったもの。温度が露点以下になるとできる。」「はかないこと、消えやすいことのたとえ。」「涙のたとえ。」の意味です。

余談

この歌は、ジブリの「かぐや姫の物語」を見て、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

以下、「かぐや姫の物語」のネタバレあり。

かぐや姫が、極楽浄土にたとえられる月から、どうして穢れたこの地にやってきたのかは、それとなく劇中で語られているが、今回の歌はとりわけ、その点についてスポットを当てて書いたものになります。

「熱り」は煩悩の火でもあるが、同時に体温、即ち生命の火でもある。

「露」は、ここでは儚い命や、涙にくれるかぐや姫の象徴でもあると解釈したい。或いは露は丸い水滴でもあるので、丸い水の惑星、地球も連想させられる。

「遠く月照り」もまたおもしろい。

地上から見ている限りの月は美しいが、かぐや姫の視点からみると、そうでもない、ということがあげられる。これは穢土から見た極楽浄土は美しく感じられるが、そうではない可能性がある、という示唆でもあるように思う。

だから「遠く月照り 露の地の今」は、不幸ではないけれども、無機質な、無感情な月の世界から遠く離れて、たとえ煩悩に塗れていたとしても、喜怒哀楽を目一杯表現できるこの地上に今自分がいるということは、ある意味幸せだ、というニュアンスが込められているように思う。

つまり物理的な距離だけでなく、かぐや姫にとっての月の世界は、あまり魅力的に映らない遠い世界でもある、というニュアンスがあるように思う。

物語中に「生きている手応え」云々のセリフがあったが、歌ではその部分を「熱り」と表現している。物語では、恋愛もまた大きな一つのテーマになっているので、この部分を初恋の気持ちなどと解釈しても、またおもしろいかもしれない。

蛇足だが、物語中に出て来た天人達のふるまいが、アメリカドラマの「スーパーナチュラル」に出て来た天使達と似通っていたのは、中々面白かった。おそらく、彼らが感情というものがほとんど無い形で描かれているからだろう。

Posted on 2017/10/09 Mon. 15:12 [edit]

category: まわりうた

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