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花鳥風月

気ままに回文歌、いろは歌を書いています。

まわりうた 

こいたるる ふあんしんしる
  ゆきはには きゆるしんしん あふるるたいこ

(五噫垂るる 不安心知る 行き端には 消ゆる身心 溢るる大悟)

解説

五噫(ごい)は「嘆き憂えること。」、垂るは「垂れ下げる。ぶら下げる。垂らす。」「したたらす。」「現し示す。」、行き端(ゆきは)は「行った先。ゆくえ。いきは。」、身心(しんしん)は「こころと、からだ。精神と身体。」、大悟(たいご)は「完全円満な悟りを開くこと。」の意味です。

余談

この歌は、アニメ映画「イノセンス」の主題歌「Follow Me」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

自分は英語がさっぱりわからないので、「Follow Me」の歌詞の最後の「While the world goes on turning and turning Turning and falling」の、微妙なニュアンスを理解しきれないのがくやしい。

直訳すると「同時に世界は回転して回転して、回転しながら落ちて行く」になると思うが、その直前の歌詞は「Singing in the silent swerve a heart is free」となっているので、たぶん、一心に歌っていたら心が自由になって、同時に(この煩わしい)世界も消えてなくなる、というニュアンスなのではないかと思う。

しかし、この「Follow me」(私について来なさい)は誰が言っているのだろう。

歌詞に「love」の単語が出て来ているが、個人的にはむしろ、智慧の女神である「ソフィア」を連想してしまう。

Posted on 2018/02/01 Thu. 21:45 [edit]

category: まわりうた

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01

まわりうた 

はかなみの うくるみはきゆ
  ときめくめ きとゆきはみる くうのみなかは

(儚みの 受くる身は消ゆ ときめく目 きと行き場見る 空の真中は)

解説

儚みは「マ行五段活用の動詞‘儚む’の連用形である‘儚み’、あるいは連用形が名詞化したもの。」、ときめくは「喜びや期待などで胸がどきどきする。心が躍る。」、きとは「動作が瞬間的に行われるさま。急に。とっさに。」「特に意図せずにある動作をするさま。思わず。ふと。」、真中(みなか)は「まんなか。」の意味です。

余談

この歌は、「風の谷のナウシカ サウンドトラック はるかな地へ・・・」の中にある「風の谷のナウシカ」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

空(くう)とは、要するに空っぽのこと。

何かを見たり感じたりして、それにときめいた瞬間は、もうその対象と自分とが同化していて、自分は空っぽになっている。

この瞬間にこそ、儚さに満ちた命、身体の煩わしさは消え、生きる実感を感じているのだ。

おそらくこの歌は、そういう感慨を詠っているように思う。

そして何となくだが、生く(いく)は行くに通じ、歌の「行き場」は生き場、即ち「生きる場」というニュアンスも感じる。

自分の行くべき場所は、そこにこそあらんとばかりに。

Posted on 2018/01/29 Mon. 22:40 [edit]

category: まわりうた

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29

まわりうた 

みなかはる ゆくてみしなか
  いつくしく ついかなしみて くゆるはかなみ

(皆変はる 行く手見し中 美しく つい悲しみて 薫る儚み)

解説

美し(いつくし)は「美(うつく)しい。」、ついは「そうする気持ちのないままに、そのことをしてしまうさま。思わず。うっかり。 」、薫る(くゆる)は「炎を出さずに燃えて、煙が立つ。ふすぼる。くすぶる。」「表面に出さないで、心の中で思い悩む。」、儚みは「マ行五段活用の動詞‘儚む’の連用形である‘儚み’、あるいは連用形が名詞化したもの。」の意味です。

余談

この歌は、「風の谷のナウシカ サウンドトラック はるかな地へ・・・」の中の「ナウシカ・レクイエム」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。

雑感

「皆変はる 行く手見し中 美しく」は、ちょっとうまく説明できないが、下記ナウシカの言葉のような感慨です。

(漫画版「風の谷のナウシカ」のネタバレあり。)

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「私達の身体が人工で作り変えられていても、私達の生命は私達のものだ。生命は生命の力で生きている」
「その朝が来るなら私達はその朝にむかっていきよう」
「私達は血を吐きつつ、繰り返し繰り返しその朝を越えてとぶ鳥だ!!」
「生きることは変わることだ。王蟲も粘菌も草木も人間も変わっていくだろう。腐海も共に生きるだろう」
「だが、お前は変われない。組み込まれた予定があるだけだ。死を否定しているから。」 

「絶望の時代に理想と使命感からお前がつくられたことは疑わない」
「その人たちはなぜ気づかなかったのだろう。清浄と汚濁こそ生命だということに」
「苦しみや悲劇やおろかさは清浄な世界でもなくなりはしない。それは人間の一部だから・・」
「だからこそ、苦界にあっても喜びやかがやきもまたあるのに」

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まあ、一言でいうと諸行無常の様が美しいと言っているわけだが、同時に「つい悲しみて 薫る儚み」でもあって、やはり全てが変わっていくことは悲しいことでもあるし、その避けがたい儚さには悶々としてしまう。

しかしその儚さに悶々とすればするほど、目の前の諸行無常の、そのとんでもない美しさに圧倒されてしまう、といった感じです。

Posted on 2018/01/27 Sat. 11:25 [edit]

category: まわりうた

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27

まわりうた 

さくらある けしきとのこる
  はかなかな かはるこのとき しけるあらくさ

(桜散る 景色と残る 儚かな 変はるこの時 繁る新草)

解説

散る(ある)は「離れる。ちりぢりになる。遠ざかる。」、儚(はかな)は「形容詞‘はかなし’の語幹。」、新(あら)は「名詞に付いて、新しいものである意を表す。」の意味です。

余談

この歌は、下記記事を読んでそれをモチーフに書いた歌です。

『桜の木の下で・初音ミクの日本文化論(9)』(「ネアンデルタール人は、ほんとうに滅んだのか」さん)
http://d.hatena.ne.jp/HIROMITI/20180124

『セックスアピール(その十)・ネアンデルタール人論150』(「ネアンデルタール人は、ほんとうに滅んだのか」さん)
http://d.hatena.ne.jp/HIROMITI/20160415

雑感

桜の季節にはちと早いが、出て来てしまったのだからしょうがないので、そのまま掲載することに。

Posted on 2018/01/25 Thu. 12:49 [edit]

category: まわりうた

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まわりうた 

きしなかし かのそらはのし
  いつくしく ついしのはらそ のかしかなしき

(岸長し 彼の空は伸し 美しく 追思の原ぞ 逃し悲しき)

解説

彼(か)は「遠称の指示代名詞。話し手や聞き手からともに離れた物や人をさし示す。かれ。あれ。」、伸す(のす)は「伸びる。伸びひろがる。」、美し(いつくし)は「美(うつく)しい。」、追思(ついし)は「過ぎ去ったことをあとから思い出すこと。追想。追懐。」、原(はら)は「草などの生い茂った平らで広い土地。はらっぱ。野原。平原。」、逃すは「にげさせる。にがす。」「つかみそこなう。失する。逸する。」の意味です。

余談

この歌は、「風の谷のナウシカ サウンドトラック はるかな地へ・・・」の中の「ナウシカ・レクイエム」を聴きながら、下記記事を読んで、それをモチーフに書いた歌です。

『腐海は広がっているか・初音ミクの日本文化論(7)』(「ネアンデルタール人は、ほんとうに滅んだのか」さん)
http://d.hatena.ne.jp/HIROMITI/20180121

雑感

下記、「風の谷のナウシカ」の重要なネタバレあり。


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さて、漫画版「風の谷のナウシカ」では、ナウシカがユートピアでもある「青き清浄の地」を見つけたとき、またここを人間たちが見つけてしまうと、この地が汚される、との結論に至り、その場所を誰かに教えることもせず、その場を立ち去っている。

なので歌の「逃し」は、わざと逃がすというニュアンスと、つかみそこなってしまったというニュアンスを同時にあらわしている。

もともと「青き清浄の地」というのはユートピアでも何でもなく、ごくごく普通の草木や小動物たちが生きる湿地帯の原っぱに過ぎなかった。

だが、風の谷のナウシカの世界では、1000年前に「火の7日間」という最終戦争が起きて文明が崩壊してしまい、それに伴って自然も破壊されたため、ごく普通の湿地帯ですら、ユートピア的な場所になってしまった。

それに代わって、猛毒ガスをまき散らす菌類や異質の蟲(むし)達が住まう「腐海の森」と呼ばれる場所が、ただ広がるだけになってしまった。

もともとそこにあったであろう「青き清浄の地」は、人間の業というか、そういうものに埋没してしまい、ついに人類は、それを逃してしまった。

しかし1000年前の人間は、その「青き清浄の地」を、また無理矢理、その業によって取り戻そうとしている所に、この漫画のおもしろさがあると思う。

ナウシカは、腐海システムによって世界が浄化されていることを知り、さらにその腐海システムやそこに住む王蟲(オーム)と呼ばれる蟲すらも、旧人類が作りだしたものであることを知る。

そうしてその汚染に生きられるように子孫を遺伝子操作し、また一方で、全ての浄化が終わった後、穏やかに暮らせるように新人類の卵を隠し持っていた。

その時、汚染された世界でしか生きられない旧人類は、全て死ぬことをナウシカは知る。

説明が雑多になってしまったので、これを現代的なニュアンスに当てはめると、まあつまりは、下記のようなことが行われたわけである。

まず、世界最終戦争が起きて、その核による放射能汚染によって世界が荒廃してしまった。そして世界中でおびただしい死や食糧難が押し寄せてきた。

時の世のエリートたちはどうにかして人類を生き延びさせようと思い立って、人間を含めた動植物を遺伝子操作して、汚染に耐えられるような身体に作り変えた。そして長い時間をかけて、その汚染が浄化されるように、自然形態そのものを作り変えてしまった。

一方で、浄化された後の楽園を生きるべく、新人類の卵も用意していた。

しかしそれは、人間らしさを抜き取るというか、性格は穏やかだけれども、去勢されたような感じで、もはや人間とは呼べない人間であった。

ナウシカはそれを知って最後、それら政治的な思考そのものがおぞましいと考え、全てをぶち壊してしまう。

そうして荒廃された地を生きて行く決意の中で、物語は終わっている。

歌では、そういう悲しさを詠っています。

Posted on 2018/01/24 Wed. 21:39 [edit]

category: まわりうた

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